わたしが人生で初めて買ったまんがは、手塚治虫さんの『リボンの騎士』。
なにげなく手に取ったのだが、図らずもストーリー少女まんがの原点と言われている名作だったと大人になってから知った。
意図せずに、最初にこの作品を選んだなんて、まるで将来まんが沼にはまる自分の未来を示唆していたようではないか!?
今回はそんな『リボンの騎士』の思い出や、久々に読み返してみての感想などを綴ることにする。
おこづかいで、初めて自分でまんがを買う
何歳の時だったか、定かには覚えていない。
すでに池田理代子さんの『ベルサイユのばら』や萩尾望都さんの『百億の昼と千億の夜』を愛読していた記憶があるから、恐らく小学3、4年生の頃だと思う。
コツコツと貯めていたおこづかいで、初めてわたしは“自分のもの”を買おうと思い至ったのだった。
『リボンの騎士』との出会い
当時のわたしは、あまりおこづかいを使うことをせずに過ごしていた。
なにせ主な活動圏である学校と家の間には商店がなかったし、自腹を切ってまでほしいと思うものもなかった。
そんなある日、たまたま通りかかった商業ビルの古本市で『リボンの騎士』を見掛けた。
手塚作品に思い入れがあったわけでも、『リボンの騎士』のことを知っていたわけでもない。
ただ表紙のかわいい女の子の絵に魅かれた。
その頃読んでいたまんがの絵柄とは違ったが、太めの線で描かれる丸っこいフォルムや、素朴な印象ながらぱっちりした瞳は、わたしの目に大層かわいらしく映った。
それに、状態があまりよくなかったこともあり、200円程度とわたしでも気軽に買えるお値段だったことも決め手になった。
「これはほしいぞ…!」と購買欲がむくむく膨れて、中身は気にせず即決。
いわゆるジャケ買いである。
当時の手塚治虫さんのイメージ
その頃わたしが触れていた手塚作品というと、アニメの『ジャングル大帝』と『鉄腕アトム』くらいのもの。まんがは読んだことがなかったはずだ。
(小学校の図書館で『ブラック・ジャック』を読もうとして怖くて挫折した記憶があるが、それはもう少し後になってからだった)
“手塚治虫=なんだかすごい人”程度の認識はあったが、具体的に何がすごいかはよく知らない。
そんな状態だったので、『リボンの騎士』を前にした時も、「作者の人は何か知ってる名前だな、表紙もかわいいな~」と単純な感想しか抱かなかった。
実は、手塚作品には少女まんがも多い
まんがの神様と呼ばれ、誰しもその名は聞いたことがあるであろう、手塚治虫さん。
多くの人が真っ先に思い浮かべる作品は『鉄腕アトム』や『火の鳥』だと思う。
しかし実は、手塚さんは少女まんがもすごいのだ。
ここで、手塚治虫さんと『リボンの騎士』について改めてご紹介しよう。
手塚治虫さんって?
戦後日本のまんが文化を牽引し、まんがの神様の敬称で呼ばれる作家だ。
本格的なストーリーまんがを描いて、まんが表現の幅を広げた。
1947年にベストセラーとなり大阪に赤本ブームを起こした『新宝島』以後、『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』などのヒット作を次々と生み出した。
1950年代初頭には少年まんが誌のほとんどに彼の連載が載るほどの活躍ぶりで、少年誌のみならず少女まんが誌やアニメ業界などでも数多の作品を発表している。
手塚さんが上京後に入居していたアパート、トキワ荘にはその後多くのまんが家が居住したため、まんが文化を象徴する場所としても有名だ。
『リボンの騎士』について

王家の事情で男として育てられることになったサファイヤ姫。
しかも彼女は生まれる時の手違いから、男の子と女の子のふたつの心を持っていて…。
そんな運命を持つサファイヤ姫が、時にリボンの騎士として活躍し、時に亜麻色の髪の乙女として恋に胸を焦がす様を描いた、一大ファンタジーだ。
宝塚歌劇やディズニーに刺激を受けて作られた、華やかでファンシーな作風が特徴的。
ストーリー少女まんがの先駆けとして、その後の少女まんがに多大な影響を与えた。
『リボンの騎士』にはバージョンがいくつかある。
最初に描かれたのは、雑誌『少女クラブ』での1953年からの連載。
サファイヤ姫の設定など基本的なことはこの段階ですでに決まっている。
最も有名なのは、少女クラブ版をリメイクしたなかよし版だ。
始まりは前作とほぼ同じだが、細かい設定には違いが見られ、途中からは展開も異なっていく。
少女クラブ版より連載機関が長かったこともあり、“『リボンの騎士』=なかよし版”のイメージが強い。わたしが買ったのもなかよし版である。
他にも、テレビアニメの放映に合わせて北野英明さんによりリメイクされたSF仕立てのバージョンなどが存在する。
その他の少女まんが作品
『リボンの騎士』より前にも、いくつか少女まんがを描いていた手塚さんは、それ以降もバラエティに富んだ少女向けの作品を発表している。
たとえば人魚を描いた『エンゼルの丘』。
ダムの底に沈んでしまった谷に住む動物たちの話『とんから谷物語』。
田舎の女の子がお姫様の身代わりになる『ナスビ女王』などである。
手塚作品きってのかわいいキャラクター、ユニコが主人公の『ユニコ』も外せない。
人々に幸せをもたらすユニコーンの子どもが、苦難の中でも優しさを失わずひたむきに生きるこの物語は、1976年からサンリオの少女雑誌『リリカ』に連載された。
アニメ映画化もされ、手塚さんの少女まんがでは『リボンの騎士』に次ぐ知名度を誇る作品だろう。
元祖ストーリー少女まんがに触れて
何となく買ってみた『リボンの騎士』だが、買ってすぐ何度か読んだ後は、読み直すこともなく本棚の奥にしまったままだった。
ところが先日久しぶりに読み返してみると、これがとても面白い。
20年の時が経過して、抱く感想がまったく違うのはなぜだろうか?
買った当時はそれほど刺さらなかった
子どもの頃に読んだ際は「絵はかわいいけどなんだかあんまり面白くないな」と思って、その後あまり読み返すことはなかった。
好きなキャラクターやエピソードはあったのだが、あの頃のわたしにはどうも刺さらなかったのである。
だが、自分のお金で買った自分のまんがという特別感は間違いなくあった。
大人になってからも“これは大切なもの”とずっと意識していたので、そういった意味でわたしにとってかけがえのない作品である。
大人になって読み返してみた
昔の少女まんがについて学び、あれこれ読み進めていく中で知った。
「少女まんが史においても、やっぱり手塚作品は外せない」
特に『リボンの騎士』はストーリー少女まんがの原点であることに驚き、長らく本棚から取り出すことのなかったそれを今一度読んでみることにした。
するとどうだろう、ストーリーにいくつも起伏があって、ページをめくる手が止まらない。
「さすが手塚治虫さん、上手いなあ」と唸りながら一気に読み終えてしまった。
ただ、あくまでストーリーのために人が動いていく感じで、キャラクターは単純であまり細かな心理描写がない。
主題となっているサファイヤ姫とフランツ王子の恋愛にしても、ふたりの恋心が詳しく語られることはない。
子ども時代に慣れ親しんでいたのは、女性作家による少女に寄り添った心理描写の豊かなまんがだった。しかし、『リボンの騎士』はそういった作品とは違う。
サファイヤ姫の心情に感情移入できなかったのが、小学生の頃楽しめなかった原因なのではないだろうか。
今回読んだ際はストーリーの面白さが先行し、心理描写についてはそれほど気にならなかった。
また、同時代の他作品や手塚作品と比較するなど、昭和の少女まんがを読み漁っているからこその楽しみ方ができたように思う。
昔読んでイマイチに思っていたまんがを、こうして楽しめてとても嬉しい。
まんがの神様・手塚治虫の少女まんがを読もう!
まんが好きなら、手塚さんの作品に何かしら触れたことがある方が多いのではないかと思う。
手塚治虫さんは好きだけれど、少女向けの作品は読んだことがないという方はぜひ、この機会に手に取ってみてほしい。
手塚作品は未読…という方は、名作揃いで面白い作品ばかりなので、まずは一作読んでみることをお勧めする。
もしその記念すべき第一作目が『リボンの騎士』だったなら、なんとも光栄なことである。