“孤独”という自由を手に入れるため、私は旅に出る

アルネ・ヤコブセンが一大リゾートプロジェクトを手がけたベルビュー・ビーチ

人は生きている限りヒト、コト、モノから影響を受けている。

その何もかもから距離を置きたいと思ったのは30代も終わりのころ。
仕事と家庭の両立をうまくやってきたつもりだったけど、いつの間にかキャパオーバー。
インプットはおろか、アウトプットもままならなくなっていた。

15年間連れ添った愛猫の死により、図らずとも自由を手に入れた私は、
ひとまず長期の休みを取って旅に出ることにした。

目的はただひとつ、空っぽになるため。
空っぽになるにはそりゃ“ひとり”でしょ。

人は、旅に出る理由を求めがち。

世界で最も美しい鉄道駅と呼ばれるミラノ中央駅(Milano Centrale)は存在そのものがアート

過去の恋愛を断ち切るためにあずさ2号で信濃路へ
はたまた上野発の夜行列車で冬景色の津軽海峡へ

兄弟デュオや演歌の女王が歌うように
人は、旅に出るのに何かと理由を求めがちな生き物である。

時間とお金をかけて旅に出るんですもの。
失恋でも自分探しでもなんでもいい。それなりの理由が欲しくなる。

ただ、空っぽになりたいがために旅に出ることを決めた私も然り、
「何者でもない自分と向き合うため」という、もっともらしい理由を見つけ、
イタリア・ミラノ行きのチケットを購入した。

はじめてのひとり旅にミラノを選んだのは、
生きているうちにレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画“最後の晩餐”をこの目で見たかったから。
イタリア料理が好きだから。
あわよくばハイブランドを免税でゲットしたいから。

やれ、空っぽになりたいだの、何者でもない自分と向き合うためだの
叙情的なことを吐かしたけれど、本音なんて煩悩だらけ。
旅の計画を立てているうちに理由なんてどうでもよくなった。

行きたいから行く。
見るべきものがあるから行く。
そう。旅は日常の延長線上にあるものなのだ。

ひとり旅は孤独です。

ポルトガルのポルトにて。ひとり旅は否応にも自撮りが上手くなる

航空券や宿など、すべて個人手配にトライしたはじめてのひとり旅。
どこかの行程でミスっていたとしても、助けてくれる人などいない。
チェックインを済ませ、搭乗を待つゲートで急に心細くなった私は、
ツアー団体客の騒がしさを横目に「仲間に入れてほしい…」と、心底思った。

家族や友人、仕事でも何度も行った海外。
なんなら旅慣れている部類に入ると思っていたけれど、
完全個人手配のひとり旅を前に、そんなおごりは一気に吹き飛んだ。

入国審査でもたついたらどうしよう。
ロストバゲージになっていたらどうしよう。
ホテルが予約できていなかったらどうしよう。

次から次と押し寄せる不安から機内食が喉を通らない。
小さなモニターに映し出された映画の内容はまったく覚えていない。

孤独と自由は背中あわせ

ミラノのランドマーク「ドゥオモ」の荘厳さに圧倒

ミラノ・マルペンサ空港に降り立ち、パスポートに入国スタンプを押してもらうと、
「よくぞおいでなすった」と、認められたようでホッとした。

ネット予約したホテルにちゃんとチェックインできたこと。
バス付きの部屋にアップグレードされていたこと。
念願の“最後の晩餐”を前に、ヨハネが女性にしか見えなかったこと。
ドゥオモが素晴らしく美しかったこと。
レストランで食べたピッツァが涙が出るほど美味しかったこと。

そのどれもが素晴らしい思い出だけど、
ひとり旅には感動や美味しさを共有できない寂しさがあるのは事実。
でも、そこには孤独と同居する“自由”がある。

疲れたらホテルに戻って昼寝をしたっていい。
ミラネーゼを気取ってカッフェーで読書にふけたっていい。
ガイドブックには載っていない小さな町へ、
ローカルバスに乗ってふらりと出かけたっていい。

何より、同伴者の顔色をうかがわず、本能の赴くまま、わがままに行動できるのだ。

時間にも人にも束縛されない孤独という自由。
ミラノからフィレンツェ行きの列車を待つ頃には、それを心から楽しんでいる私がいた。

安全で楽しい旅の条件は正しい情報と対策

治安が悪いパリのメトロはスリの温床。私も一度だけ被害に遭った

ひとり旅がもたらす孤独と自由にどハマりした私は、年に1、2回のペースでふらりと海外に出かけている。だからといって、「あたしには海外のfeelingが合ってるみたいなのん」
なんてことは決してない。

海外で感じるのは自分が根っからの日本人であること
帰国すると、日本の便座の温もり、24時間煌々と灯るコンビニの街灯、
定刻通りのバス、電車、勤勉な日本人の姿に見る秩序の正しさに安心感を覚える。

「ひとり海外って全然怖くないわよう。むしろ歌舞伎町より安全な感じ?」
なんてことも絶対に言わない。そんなわけない。
地下鉄に乗れば大きな声でとんでもないことをとんでもないスラングで叫んでいる人
道を歩けば怪しい署名を求め、その隙にバッグを盗むスリ
性犯罪や命を狙われることだってあるかもしれない。

ひとりで旅するからにはありとあらゆるトラブルを想定し、リスク回避のための策を練る。
正しい情報を得て対策をすることで、安全で楽しい旅ができるのだ。

旅ジャンキーへの道。

ポルトガル・リズボンのアルファ地区にて

空っぽになりたくて旅立ったけれど、
見知らぬ土地での私は何者でもなく、否応にも空っぽになるしかなかった。
何者でもないことの孤独と自由を同時に手に入れることで“私”が満たされていく。
満たされた心は日々の暮らしの中でやがてすり減り、再び旅を求める。

ジャンキーである。
まごうことなき、旅ジャンキーである。

数週間、海外に滞在したところで本質なんてそう簡単に変わらない。
一瞬、変わったように見えた価値観も、日常生活と共に戻る。
旅は自分探しにはならない。むしろ、見失う。

それでも時間とお金をかけて旅に出るのはなぁぜ?

ジャンキーだから。
まごうことなき、旅ジャンキーだから。

さぁ、次はどこに行こうか。
旅欲が止まらない。

おだりょうこ

猫と旅、音楽と映画で形成されたライター&エディター。旅欲が止まらない旅ジャンキー。雑誌編集、テレビ局勤務を経てフリーランスに。料理は作るの食べるのも得意だったりする。