新生活に疲れたり、不安を感じている人に届けたい本3冊

新生活をわくわくしながら迎えた人もいれば、そうでない人もいたのではないだろうか。ひとまず「ここまで全員お疲れさまでした」と言いたい。

物事が新しくはじまるときは、いつもよりエネルギーを必要になる気がする。心が敏感に反応したりすることもあっただろう。頑張ろうとするけれどうまくいかなくて、自分だけ取り残されたような心細い時間を過ごした人もいたかもしれない。

そんなときこそ、そっと包み込んでくれるような本に、身も心も預けてみてはいかがだろうか。新生活をはじめて少し疲れてしまったあなたに、不安を感じているあなたに、ぜひ手に取ってほしい3冊を紹介したい。

秘密が誰かの明日を守っているー『なにごともなく、晴天。』 吉田篤弘

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吉田篤弘さんの著書、『なにごともなく、晴天。』(中央公論新社)。これは、高架下・晴天通りと名付けられた場所に位置する高架下商店街の人々のお話だ。

商店街にはたくさんの店が立ち並んでいたが、かつての活気は失われ、ずっとシャッターが閉まった店も多くある。一方でそこそこ繁盛している店もあれば、開いてはいるが先行き不透明な店もある。主人公の美子は高架下の8番にある「むっつ」という小道具屋のお店で、店主であるむつ子さんという人の代わりに店番をしている。美子の友達のサキは26 番で父親から引き継いだ輸入雑貨店を営む。美子のお気に入りの定食屋は38番にある「太郎食堂」。ベーコン好きが高じて店名が「ベーコン」という純喫茶を営む、高架下の御意見番的存在の姉さんなど、個性豊かでユニークな登場人物たちが物語を彩る。

美子の家には風呂がなく、銭湯通いが日常だ。けれども行きつけの銭湯が毎週水曜日は定休日のため、隣町にある銭湯まで足を運んでいる。そこでコーヒーと銭湯を好む探偵と名乗る女性に美子が出会い、緩やかに流れていた高架下の人々の物語が一気に動き出す。探偵の登場により、高架下の人々は閉ざしていた扉を少しずつ開き、ぽつりぽつりと話し出す。「じつはね」、「ここだけの話だけど」と言いながら。

本書にはこう書かれている。

人は誰でも、人に言えないこと、言わないこと、言わずにいることがあります。秘密と呼ぶにはちょっと大げさかもしれない小さなことから、自分の人生はもちろん、他人の人生まで左右するような大がかりな秘密事項まで。

私たちは大半のことを言っているようで、大半のことは言っていないのではないだろうか。自分を守るため、大切な人を守るため、なにごともなく明日を迎えるために。けれども「じつはね」の一言から、思いもよらぬ光が差し込むことがある。まさに晴天のように。高架下の人々は「じつはね」という思いを抱えながら、この街をあなたを守っているのだと思った。

私たちの平穏な日々は、もしかしたら誰かの優しい「じつはね(実はね)」やちょっとした隠しごとで守られているのかもしれない。そう思うと、心がじんわり温まってくるのを感じるだろう。

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他者と手を取り合うようにー『だめをだいじょうぶにしていく日々だよ』きくちゆみこ

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日々のなかで、心がぎゅっと握りつぶされたように苦しくなることがあったりする。「うっ」と胸のあたりがつかえたような感じがすることがある。そんなときに手に取りたいのが、きくちゆみこさんの著書『だめをだいじょうぶにしていく日々だよ』(twililight)だ。

本書はタイトルにもあるように、きくちさんが「だめ」だと自身を責めてしまっていたところから「だいじょうぶ」へと移り変わるまでの道のりを描いている。過去の出来事に苦しんでいたり、日常のちょっとしたことに傷ついたり、自分の出来なさに落ち込んでいたきくちさん。それでも一つひとつ丁寧に自分と向き合いながら言葉にしてくださった。きくちさんが痛みをほぐしていく過程は、読者の痛みをもほぐしてくれたように思う。

本のなかに、あるお話し会のイベントについて書かれていた。自己紹介のときに「今日うつくしいと感じたことについて話す」というお題が出され、それに対して参加者が話しはじめる。前を歩くおじいさんのリュックに花束が刺さっていたこと、夕暮れの光がまぶしかったこと、映画の舞台挨拶の俳優の言葉選びや佇まいにひかれたことなど、それぞれの「うつくしい」を語り合った。

同じ一日を生きてきて、でも誰もがちがう「うつくしさ」を秘めてここにいる。そうした他者の心の見えなさに、毎回驚き胸を打たれて、別れたあとにはきっとすぐに忘れてしまう。でも、リュックに刺さっていた花の色も光のまぶしさも役者たちの表情も、わたしたちはそこに座って耳を傾けながら、たぶん一緒に見ていたのだ。完璧に同じ景色ではないかもしれない、だけどそこには相手の心に近づこうとする衝動がたしかにはたらいていて、わたしはそれを尊いと思った。

これを読んだとき、私たちは他者のなかで癒されていくのだと感じた。これまで関わりを持ったことがなくても、一緒の景色を見ていなくても、あなたと私がいる世界は違っていて、でもきっとどこか一緒なのだと思えるような気がした。私は、気持ちが晴れなかったり、何もかもうまくいかないと思っていたりすると、どんどん気持ちは内向きになって、自分のことにばかり目がいってしまう。けれども、一歩外の世界に踏み出してみると、他者の存在に救われていることに気づく。自分と向き合うことも大切だけれど、外に委ねてみてもいいのだと思った。

最後の章では、このような言葉があった。

「わたし」ははじめから完成されてはいない、それは生きていくなかで常につくり続けられていくもの

わたしたちはいつも何かの途中にいて、そこで出会ってはそれぞれの断片を手渡すことしかできない。でもそうしてもらったあなたの欠片が、いまもわたしのなかにある。あなたの心のなかにも、きっとわたしの欠片が。

たとえ今ひとりだと感じていたとしても、これまで出会ってきた人とのつながりの延長線上にいるのが私なのだと思えた。もう会えなくなってしまった大切な人、疎遠になってしまった人、以前にすごくお世話になった人。いろんな顔が浮かんだ。自然と感謝の気持ちが溢れ力が湧いた。これからも欠片を渡し合ったことを覚えていたいと思った。

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誰かの言葉が他者の人生を動かすー『傷と雨傘』カツセマサヒコ

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雑誌an・anで連載していたショートストーリーを書籍化したカツセマサヒコさんの著書『傷と雨傘』(マガジンハウス)。序文にあった言葉を読んで、私はこの本に心を鷲掴みにされた。

あなただけの 傷や 痛み 寂しさよ、 誰かをまもる 雨傘になれ

本書には34人の物語が描かれていて、ショートムービーを観ているかのようだった。日常のなかにあるドラマが繊細に表現されていて、私のなかにもそんな1日があったなと振り返らずにはいられない。34人の人生が少しずつ交差しながら、一人ひとりの人生が進んでいく。人はいろいろな役割を持っている。誰かにとっては学校の先生であり、また誰かにとっては元彼女だったりする。人との出会いのなかで、自分というものがつくられていき、私として存在しているのだと感じた。良くも悪くも人は影響しあっている。過去の出来事がその人を縛っていたり、苦しめていたり。けれども、誰かとの出会いによって、何かが変わったりする。誰かの言葉が他者の人生を動かしていく。そういう様を丁寧に描写し、切なくも温かいストーリーになっている。

(前略)何事も、二歩手前がいいだろ

先輩に「この仕事向いてないんじゃない?」と辛辣な言葉を浴びせられた女性に兄がかけた言葉だ。仕事でミスを重ね、もう仕事を辞めてしまいたいと思っていた彼女。兄は辞めてもいいと言った。そしてこう続ける。

生きるの辞めないかぎり、ほかはいくらでも辞めていいよ。(後略)

兄が伝えたかったのは、辞めてもいいし、どれだけ立ち止まってもいいけれど、誰かが手を差し伸べられるように、二歩手前で助けを求めてほしいということだった。一歩手前では助けが間に合わないことがある。私は「二歩手前、二歩手前…」と唱えていた。その言葉に安心感を覚えた。まだいける、あとちょっと、もうちょっとといって、自分を叱咤してきりぎりまで耐えてきた人が大勢いると思う。けれども孤独のなかで崖のふちに立って、ぎりぎりまで耐える必要なんてないのだと思わせてくれた。人は乗り越えないといけないことはあるけれど、まずは自分を安全な場所に置いてあげる必要があるのだと思う。立ち向かうのはそれからでいい。

一方で私たちは自分の限界というのをどこまで知っているのだろうか。私は正直わからない。だから二歩手前を、ひとりで戦わなくていいと捉えたらいいのではないかと思った。辛いことを誰かに話していい。迷惑だなんて思わず、誰かの手を借りればいい。少しでも何か胸につかえていることがあるのなら、誰かによりかかってほしい。少しの勇気が二歩手前であなたを守ってくれるはずだ。

寄り添ってくれる数々の物語がこの本に詰め込まれている。疲れた夜に、不安な夜に、あなたを委ねてみてほしい。きっと心が解きほぐされていくのを実感するだろう。

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本を片手に癒される時間を

本のなかには、たとえフィクションであったとしても、たくさんの人の生きた跡が残っている。そこに自身を重ね合わせたり、ときには相容れなかったりしながら、自分を見出していける。疲れたときや挫けそうなとき、不安なときにページをめくれば、あなたに寄り添ってくれる言葉が見つかるかもしれない。どうか、温かな日々であることを願って、今日も本を片手によき時間を過ごしてみて。

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筆者:杉浦百香さん
筆者:近藤世菜さん

はしもとかほ

「誰かの人生のものがたりを紡ぎたい」をテーマに、インタビューライターとして活動中。趣味は京都散策、読書、写真、食、アートに触れること。いつか書評を書くのが夢。