これまで『わたしを作った少女まんがの話』と題して、わたしが子どもの頃に影響を受けたまんがをご紹介してきた。
今回からはシリーズ名を『少女まんがの沼から』と変え、さらに多くの少女まんがを取り上げていきたい。
初回である今回は“日本史を扱っている少女まんが”にスポットを当ててみた。
まんがは歴史に親しむきっかけとしてうってつけの媒体なので、普段少女まんがを読まないけれど日本史には興味があるという方も、これを機にぜひ手に取ってみてほしい。
歴史まんがの世界

歴史を題材にしたまんがは、ストーリーを追ううちに、自然とその時代の文化や歴史的な背景を理解できる。歴史の流れを掴むのにぴったりなのだ。
そんな歴史まんがには、大きく分けてふたつの種類がある。
正確さに重きを置いた学習まんがと、おもしろさに比重をかけたエンタメ作品である。
史実に基づいた学習まんが
子どもの頃、『日本の歴史』といったタイトルのシリーズのまんがが、学校の図書館などにずらりと並んでいるのを目にした記憶がある方も多いのではないだろうか。
多くの出版社が出しているこういった学習まんがと銘打たれたシリーズは、古代史から近現代史までを網羅しており、しっかり歴史を勉強するのに適している。
史実に忠実で、正確な内容が分かりやすく解説されているのが特徴で、教科書の副読本としても使える内容だ。
子どもから大人まで幅広い年代の人が、楽しみながら日本史を学ぶことができる。
エンタメとしての歴史まんが
一方で、必ずしも史実通りではないけれど、夢中になって読んでいるうちに歴史の流れが理解できるのが、フィクションの歴史まんがである。
ストーリーやキャラクターで読者の心を掴み、作品世界に夢中にさせるこれらのエンタメ作品は、「日本史は苦手…」という方にこそおすすめだ。
楽しんでまんがを読むことが、あまり興味を持てなかった時代や、覚えにくい事柄などを理解する手助けになる。
読んだ後は、「その時代や人物についてもっと知りたい!」と、学習意欲の向上にも繋がる。
おすすめの日本史少女まんが3選
フィクションの歴史まんがには、少女まんが、少年まんが、青年まんがなどのジャンルを問わず、さまざまな作品があり、中には高い評価を受けているものも多い。
少女まんがに限定しても枚挙に暇がないほどあるのだけれど、並みいる作品の中から3作をピックアップした。
大和和紀さんの『はいからさんが通る』
大正時代を舞台に一大ロマンスを描いた『はいからさんが通る』は、大和和紀さんの代表作のひとつ。
じゃじゃ馬な“はいからさん”、花村紅緒は、急に現れた許嫁、伊集院忍との結婚に大反発していたものの、彼の人柄にだんだん惹かれ始め…。
そんな始まりから、この作品を若い男女の恋模様を追った単なるラブコメと侮ってはいけない。
大正時代の流行歌や平塚らいてうの言葉が引用される他、当時の風俗をふんだんに取り入れていて、読んでいるとはいからさんの暮らす時代の空気を肌で感じている気分になる。
コメディに終始するのではなく、シベリア出兵や関東大震災などシリアスなテーマも描かれているのも、特筆すべき点だろう。
紅緒と忍の運命も、時代の波に翻弄され大きく動いていく。
まさに波乱万丈、最初から最後まで紅緒たちの生き様から目が離せない。
ふたりを取り巻く親友の環や幼馴染の蘭丸といった登場人物たちの恋模様、そしてくすりと笑えるギャグで作品を賑やかしてくれる数多くの脇キャラたちも外せない見どころだ。
大和和紀さんは他にも『源氏物語』をまんが化した『あさきゆめみし』や、安土桃山時代から江戸時代にかけて実在した歴史上の人物を取り上げた『イシュタルの娘~小野於通~』など、日本の歴史に取材したまんがを手掛けている。
『はいからさんが通る』が気に入ったら、ぜひそちらにも手を伸ばしてみては。
山内直実さんの『なんて素敵にジャパネスク』
時を遡り、平安時代が舞台の少女まんがと言えばこちら。
平安貴族のおてんば娘、瑠璃姫がお家や宮廷に波乱を巻き起こす、ぶっ飛びラブコメディだ。
奔放で明るい瑠璃姫と、彼女を一途に愛する高彬の様子が微笑ましく、現代的な感覚と当時の風俗をバランスよく取り入れた作風はとても読みやすい。
平安時代ではありえないような言動が目立つが、その一方で折々に当時の常識も解説してくれるので、結果的に平安時代の知識も身につく優れた作品だ。
原作は氷室冴子さんの同名の少女小説である。
氷室さんは1980年代の少女小説ブームの立役者で、集英社のコバルト文庫の看板作家のひとり。
『なんて素敵にジャパネスク』では歴史小説のジャンルに“現代風にアレンジしたスタイル”を取り入れて大ヒットし、その後の歴史ものに多大な影響を与えた。
原作小説もまんが版も、多くの読者に愛され、現在まで読み継がれている。
ちなみに氷室冴子さんと山内直実さんは、同じく平安時代を舞台にした『ざ・ちぇんじ!』『月の輝く夜に』でもタッグを組んでいる。
長岡良子さんの『古代幻想ロマンシリーズ』
さらに時代を遡って、飛鳥・奈良時代を扱った少女まんがでは、長岡良子さんの作品を推したい。
長岡良子さんのまんがは、歴史に名を残した著名人や大事件ではなく、その時代を生きた個人を捉えた、しみじみと胸にしみいる作風だ。
当時の文化・風俗を学びつつ、叙情的かつ生き生きとした心理描写に感情移入して読むことができる。
リアルな人物造形は、さまざまな人が生き、歴史が作られていく過程に思いを馳せるきっかけにもなるだろう。
その一方で、異能の力や魔法が出てくるなどファンタジー色が強いのも特徴だ。
史実に基づくストーリーと、幻想が融合し、唯一無二の作品になっている。
『古代幻想ロマンシリーズ』は、壬申の乱前後の古代日本が舞台で、緩やかに繋がった20本ほどの連作短編から成る。
中でもわたしのお気に入りは、大好きな草壁皇子が出てくる『眉月の誓』。
ときには熾烈な権力争いやままならない運命に胸を痛め、ときにはメインキャラの容貌の端麗さにうっとりしながら、何度も読み返した思い出の一作だ。
長岡さんの作品には歴史ものが多く、他に大正時代が舞台の『大正純情ロマネスクシリーズ』や、古代エジプトを描いた『ナイルのほとりの物語』などがある。
まんがで日本史に親しもう
少女まんがで日本史について学ぶことには、メリットもデメリットもある。
まんがを学習に役立てたいと思っている方は、その特性を理解した上で作品を手に取っていただけたらと思う。
まんがで日本史を学ぶ意義
多くの歴史まんがに共通して言えるのは、描かれている時代の流れや雰囲気を掴めること。
どんな出来事があったのか。人びとはどういった服装をしていてどのような暮らしをしていたのか。
そういったことが視覚的な情報として入ってくるので、それだけでその時代が少し身近に感じられるようになる。
特に少女まんがでは登場人物の心の機微を繊細に描いた作品が多い。
そのため人物に親しみを持てて、もっとその人について知りたいと思えたり、歴史を形作ってきたたくさんの人びとの営みと時の重みに目を向けるきっかけになったりもする。
まんがを読んでいるだけで、歴史に親しみ、当時の文化への造詣を深めることができるのだ。
すべてが史実ではないことに注意!
ただし注意したいのが、歴史少女まんがはあくまでも取っ掛かりであること。
歴史を扱ったまんがはすべてが史実に基づいて描かれているわけではない。
まんがとしてのおもしろさのために、創作されている部分もあるし、当時の風俗や常識からかけ離れた描写がされていることも多々ある。
まんがに描かれていることを鵜呑みにするのではなく、歴史に興味を持つ入門書のつもりで読むのが大切だ。
描かれている内容をしっかり理解したい、さらに詳しく知りたいと思ったら、専門書を読んでみるなど自己学習で理解を深めよう。
歴史少女まんがのススメ
歴史少女まんがは、娯楽としても、歴史を学ぶ取っ掛かりとしてもおすすめだ。
今回ご紹介した作品以外にも、日本史を扱った少女まんがの名作はいろいろある。
もちろん日本史に限らず、世界史を扱ったものも。
「まんがで歴史に親しむのもアリだな」と思ったら、ぜひ少女まんがにも手を伸ばしてみて。