バルトの人々にとって、夏至祭は“ただのイベント”じゃない。
花冠をかぶり、焚き火を囲み、歌いながら朝を迎える。
帰省、再会、草の香り。言葉のいらない空気。
6月、夜がこない国を旅した。
灯りのいらない夜。
眠ることを忘れたまま、過ぎていった時間。
バルト三国で出会った、静かな祝祭の記憶。
バルト三国の夏至祭とは
6月は、バルトにとって太陽が一年でいちばん高く昇る日。夜がほとんど訪れない白夜の季節である。
バルト三国の夏至祭は、古くから伝わる自然と生命を祝うお祭りで、花冠を編み、焚き火を囲み、歌い、踊るのが習わし。
故郷へ帰り、家族や村人と再会する日。田舎の村も、都会の街も、同じリズムで祝福に包まれる。
夏至の火と歌が、夜の闇を押し戻し、朝まで続く。
静かな儀式も、にぎやかなフェスティバルも。
夏至祭はバルトで生きる人々にとって、一年でいちばん大切な夜なのだ。
エストニア編|静寂の街と、塔のある午後

タリン旧市街。石畳と、丸屋根の塔。物語の挿絵みたいな街並み。
おとぎの街・タリン。
これは街を語る上での常套句。でも、感じたのはそれは半分正解ってこと。もう半分は歴史の教科書の中にあった。
タリンは石畳と尖塔が描く夢のような風景の中に、ロシア帝国、ソ連の影をしっかり刻んでいる。そして、大国の支配を跳ね除け、ちゃんと自国の足で立ってる。

街並みは可憐なのに、過去は骨太。
「可愛くて強い」って、最強。
旧市街地を囲む城壁を眺めながら考える。
この国が歩んできた道は、ファンタジーよりリアルにドラマチック。
観光客も少ない。店の人ものんびり。時間が伸びる。音がやわらかくなる。
真昼のような夕方。まるで、時間を見失う罠。

夏至を数日後に控えたタリンは、街全体が静かに何かを待っているような空気。
予感だけが満ちていた時間。
ラトビア編|ふたつの夏至祭、ふたつのラトビア

バルティックで一番心に残った国。というか、忘れられない夜があったラトビア。
最初の夏至祭は、小さな村で迎えた。地図にもないような場所には、木造の家。土のにおい。牛の声。
村のおばあちゃんは夏至祭に欠かせないアイテム・花冠づくりの名人。
野草とハーブを組み合わせて、魔法みたいな冠を作ってくれた。
「あなたに、ぴったり」って言ったときの、あの目尻の優しいしわ、きっと忘れない。

焚き火のまわりに集まる村人たち。
踊り。歌。手をつなぐ指。スニーカーのままステップを踏む子ども。チーズとハーブ酒と、月のない夜。
それは祭りというよりも儀式だった。
厳かで、やさしくて、自然に溶けていた夜。
知らない土地で、知らない人たちに囲まれて、焚き火を飛び越えようとしていた。
ふざけていたような気もするし、本気だったような気もする。
バルトの6月は日が沈まない。夜のくせに明るい空がずっと続いて、世界のルールが、少しだけ緩んでいた。
明け方、小さな音を立てながら、焚き火が静かに燃え尽きようとしていた。まわりに誰もいなくなったあとも、私だけがそこにいた。
リガの夏至祭は、もはやフェス

2つ目の夏至祭に参加するため、ラトビアの首都・リガへ。
夏至祭には、地元のヤンキーも、都会に染まった子も、この日だけは帰ってくる。
地元の中学のヒエラルキーが、花冠で再現される。
焚き火の煙と一緒に、中学のマウントが立ちのぼる。
花冠の下は、だいたい元・反抗期。頭までタトゥーがあっても、花冠かぶって焚き火のまわりで歌い、踊り、焚き火見つめながらサワークリームのせたじゃがいも食べてる。

前日の厳かな雰囲気とは異なり、会場に着くとまさかの、爆音。
会場、ステージ、照明、音響。全部入りの祝祭。てか、もはや、フェス。
民族衣装。花冠。ビール。スモーク。スピーカーから鳴るラトビア語の歌。
DJブースの横で踊るおばあちゃん。
完全に、フェス。
しかも、全員本気。10代も、60代も、みんな同じテンション。
年齢とか、社会的役割とか、いったん解除。
ただ“祝う”だけの人々。

バルトでは、夏至祭がいちばんの帰省シーズン。
いわば、バルトのお盆。
翌朝リガからリトアニアへ向かう列車の切符を購入しようとしたら、まさかの、満席。
地元の夏至祭に参加した人が家路に着くため、花冠を頭に乗っけて酒くさいまま列車に乗り込むまでが夏至祭とはつゆ知らず。
バルト版フジロッカーかよ!と、心で毒ついたとて、切符はない。
他の方法はないかと窓口のおばちゃんに聞いても「知らんがな」って顔。
いろいろあって、なんとか残り2席だったバスのチケットをゲット。
全体で“フェス”をやってる。
それがラトビアの夏至祭であることを心に刻んだ。
リトアニア編|静かな街と、空を見上げる夜

賑やかな夏至祭を後に、向かったのはこの旅最後の訪問国、リトアニアの首都ヴィリニュス。
教会と坂道の街。
リガの喧騒から一転、静けさにつつ石の階段と閉まった扉。
ここの空気は、少し湿っていた。
ヴィリュニスは、想像してたより西欧で、想像以上に東欧だった。
バロックとソ連のなごりが、道の端っこで口をきかずに並んでいて、洗練と廃墟がたまに共同生活してる感じ。歩けば歩くほど、“曖昧”が好きになっていく街だった。

旧市街には、かわいいだけで生きのびてきたような雑貨屋がぽつぽつ。
そして、独立ごっこが本気すぎるウジュピス共和国。
「人は、知らずに幸せになる権利がある」と書かれた憲法が壁に貼られていた。

ああ、そうか、
ここでは主張することよりも、黙って信じてるほうが、よほど革命的なんだ。
ヴィリュニスは、ちゃんとしてるようで、ちょっと抜けてて、厳かに見えて、急に笑わせてくる。
そういう人って、友だちになるのに時間かからない。
街も、たぶん同じ。
さあ、そろそろおうちに帰る時間です。名残惜しさっていうのは、たぶん、
“ここにいた自分が好きだった”ってことなんだと思う。
そう思ったとたん、街の輪郭が少しだけやわらかく見えたような気がした。
旅の終わりに

儀式みたいな村の焚き火。
爆音フェスみたいなリガの夜。
だれもいない石畳の旧市街。
草の上に寝転んだ朝。
どれも夏至祭。
どれもバルト。
観光じゃない。見せ物でもない。
ただ、ある一晩を全力で祝う人々。
帰る場所があること。火を囲む誰かがいること。
冠をのせてもらえる頭があること。
それが、バルトの祝祭。
それが、わたしの2025年の6月の出来事。
旅って、思ったよりも疲れるし、作ってもらった花冠、地味に重いし、よくわからんお酒も、たいてい強い。
でも、やっぱりやめられないんだな、旅ってやつは。
ハーブ酒で喉が燃えようが、花冠で首が限界を迎えようが。たぶん私はまた、知らない土地で、知らない人と、「これ飲んでみて」って言われたら、飲んでしまうのだろう。
で、またふらふらになって、笑って、焚き火見て、ちょっと泣いたりして。
そういうのを全部ひっくるめて、
ああもう、旅ってめんどくさいなって思いながら、だけど、その全部が、
「来てよかった」に変わる夜が絶対にある。
お酒のせいか、性格のせいかわからないけど、
わたしはまた、どこかへ行くのだろう。

そして、この夜のかけらを思い出すのかもしれないし、思い出さないかもしれない。あたまの片隅に転がったまま、ホコリかぶって、永久に再生されない可能性も大。
でもまあ、それならそれで、
花冠のかすかな香りぐらいは、どこかで漂ってほしい。
せめて、香りぐらいはね。