子どもが私の世界を変えた

息子が生まれて、私を取り巻く世界は大きく変わった。

いや、世界の方は何も変わっていない。変わったのは私だ。私の中の、優先順位だ。

見るものも、行く場所も、考えることも。何もかもが今までとは違う。刺激的ながらも、どこか退屈だった日常を変えてくれたスイッチは、息子の笑顔だった。

今までの私と、お別れ

食べ歩きが好き。旅行が好き。お酒が好き。日付が変わっても、飲んで飲んで飲みまくる。そんな私の生活は、子どもが生まれて一変した。

そもそも、高齢出産になったのも、お酒がない生活を想像できず、子どもを持つ決心がなかなかつかなかったことが大きな理由のひとつだった。自分からお酒を奪ったら、何も残らないのではないか、とまで思っていたのだ(今考えると、異常なほどの執着だった)。

大学時代から続けていた、趣味のラーメン食べ歩きがしづらくなるのも、産前の私にとっては恐ろしいことだった。ラーメン屋は、子連れでは入りにくい店舗が多いからだ。ラーメンが食べられないなんて大したことではない、と思う人もいるかもしれないが、自分のアイデンティティが1枚ずつ剥がされていくような気がして怖かった。

だから、妊娠をきっかけにお酒を断ってから1年以上が過ぎた今、「もし、一生お酒を飲めない、という状況になったとしても別に平気かも」と思えている自分が、なんだか不思議で仕方ない。ラーメンも食べないなら食べないで生きていけるし、その分、パン屋さん巡りのような趣味も増えた(それに、どうしてもラーメンを食べたければ、夫に息子を預けて食べに行くことだってできる)。

子どもが生まれた後のことを、リアルに想像するのは難しい。だから、失うであろうものばかりに目を向けてしまっていた。そんな過去の自分に言ってあげたい。「大丈夫、失っても、新たな喜びが列をなして待っているから」と。

不自由に立ち向かう

子どもがいる生活は、基本的に不自由である。

常に子どものスケジュールに合わせて動く必要があるため、時間の使い方を自由に決められた産前とは、まったく違う過ごし方になる。

気軽に行けない場所も増える。ベビーカーで移動するなら、階段しかないお店はスルーせざるを得ないし、朝や夜のラッシュを避けようと思うと公共交通機関を使える時間も限られる。

息子が生まれてすぐの頃は、それでも産前の生活をなんとか失わずにいられないか、ともがいてばかりいた。出産から1ヶ月が経ち、外出ができるようになったら、趣味の美術館巡りを再開。息子はまだ絵を鑑賞できるような状態ではなかったが、ベビーカーを押してあちこちの美術館を訪れた。生後2ヶ月のときには、東京から京都へ向かい、2泊3日で展覧会を巡った。どうしても行きたい展覧会があり、諦められなかったのだ。

子連れでも、趣味のキャンプに行けるのか。毎年行っているフジロックはどうだろう。そんなことを必死に調べていた。子どもがいても、これまでと変わらない生活を送り続けたかった。

変わる優先順位、変わる自分

そんな思いが少しずつ変わってきたのは、出産から4ヶ月ほど経った頃だろうか。

寝てばかりいて、ぬいぐるみのようだった息子も、だんだんと表情が豊かになってきた。息子の喜怒哀楽がわかるようになると、自分の中で大きな変化が起こる。「私が楽しみたい」ではなく「息子を楽しませたい」が優先順位のトップに躍り出たのだ。

息子の笑顔を見るために、自分にできることは何か。美術館もいいけれど、もっと身体を動かせた方が楽しいかもしれない。そう思い、人見知りなのでなかなか行けずにいた、地域の支援センターを訪れてみることにした。

支援センターには、同じぐらいの月齢の赤ちゃんがたくさんいて、おもちゃもあり、息子は着くなり大興奮。不器用な動きで他の赤ちゃんに近づき、おもちゃを舐め、ごろんごろんと転がる。帰宅後は泥のように眠っていた。

図書館で開催されているおはなし会にも行った。絵本を読み聞かせるだけの会だと思っていたが、わらべうたを歌ったり、布で遊んだりと、内容が盛り沢山で、ここでも息子は楽しそうにしていた。息子の笑顔を見られたことが嬉しくて、おはなし会にも足繁く通うようになった。

かつて、飲み会の予定でいっぱいだった私のカレンダーが、支援センターや図書館のイベントの予定で埋まっていく。週末の予定は、水族館や動物園。音楽を聴くと楽しそうにする息子のために、赤ちゃんでも聴けるコンサートや、踊りを見られるお祭りも探した。

これまでの私は、お金を使うことでしか自分を満たしてあげられなかった。でも今は、息子の笑顔が私を満たしている。

もっと遠くへ。もっと新しいものを。そうやって焦燥に駆られていた私を、息子が立ち止まらせてくれた。

最近は、徒歩30分圏内でゆったりと過ごす日々だ。訪れるのはいつもと同じ場所でも、少しずつ成長している息子が毎回違った表情を見せてくれるのが楽しくて、飽きることはない。

おわりに

変化を恐れて進めない時期、押し寄せる変化になんとか抗おうとする時期を経て、今は変化を受け入れている。36年も生きて、ほぼ確立されていると思っていた“自分”が、まだこんなにも形を変える余地を残しているとは思いもしなかった。

私の子育てはまだ始まったばかりだが、息子という存在によって、これからも自分の世界は大きく変わっていくのだろう。その変化を、心から楽しみ続けたいと思う。

東樹詩織

食や旅の領域でPR・ブランディングに携わる傍ら、執筆活動を行う。アートと本にのめり込み、「as human footprints」名義でZINE出版を開始。写真と動画の撮影・編集も。最近の関心事は、アジア各国のカルチャー、映画、海外文学、批評、3DCG、AI。キャンプ好きが高じて、東京↔︎信州・上田で2拠点生活中。