音のない少女まんがが聞かせる、音楽の世界【少女まんがの沼から】

昭和の少女まんがを紹介するシリーズ「少女まんがの沼から」。前回はスポーツの秋ということでスポーツ少女まんがを特集したが、秋は芸術の秋でもある。

運動もいいけど、音楽が好き! という方に向けて、今回は芸術の中から特に音楽にスポットを当て、音楽少女まんがをご紹介する。

音楽×まんが

二次元の点と線で表現されるまんがには、音がない。にもかかわらず、音楽と縁の深いまんがはたくさん存在する。

それらの作品は、音のない表現方法の中にどのように音楽を取り入れているのだろうか?

音を想像させる表現手法

音を視覚的に表現すると言うと、楽譜や歌詞、効果音を描き込むのが分かりやすいように思うかもしれない。

けれどそういった直接的な表現を省くことで、逆に読み手が音や歌を想像することができる場合もある。キャラクターの表情や佇まい、演奏シーンの空気感などから音楽が伝わってくるのだ。

わたしがこれまでで最も“音楽を感じた”作品は、少女まんがではないけれど、上条淳士さんの『TO-Y』だ。

カリスマ性のある高校生ボーカリスト、トーイがひたすらかっこいいこの作品は、あえて演奏シーンに一切擬音を入れなかったり、アーティストの立ち居振る舞いを印象的なカットに収めてライブの臨場感を出したりすることで、新しい音楽まんがの表現を開拓した。

アイドルブームとバンドブームに湧く1980年代半ばの音楽シーンを的確に捉えた時代性と、今見てもスタイリッシュでハイセンスな普遍的魅力を兼ね備えた傑作は、その後の音楽まんがに与えた影響も計り知れない。

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実在のアーティストをモデルに

作品が描かれた時代に流行っていたミュージシャンや、作者が好きなアーティストをモデルにしたキャラクターが作中に登場することがままある。また、曲のタイトルや歌詞を作中に使うパターンも見られる。

たとえば1960年代後半、グループ・サウンズが日本中で大流行していたとき、少女まんが誌にはグループ・サウンズのバンドが登場する作品や、特定のグループのメンバーをモデルにしたキャラクターとヒロインのラブストーリーが多く掲載されていた。

1970年代は、架空のロックスター、ジギー・スターダストとしてグラムロックを牽引したデヴィッド・ボウイの時代。少女まんがに革命を起こしたと言われる”花の24年組”のメンバーが描くまんがの中にも、ボウイの面影を感じさせるキャラクターが数多く登場している。

また、ボウイと同時代のロックバンドも、70年代の少女まんがにしばしば登場する。故・鳥山明さんの配偶者である少女まんが家・みかみなちさんの、クイーンやキッスをモデルにしたコミック『上を下へのロックンロール』は、二次創作的な内容でけっこうな衝撃を受けた。

イメージアルバムという存在

逆に音楽でまんがを表現しようとする動きもある。それがイメージアルバムだ。

特に1980年代から90年代、まんがや小説の世界観を音楽で表現した、イメージアルバムという音楽コンテンツが量産された。作品の雰囲気に沿った楽曲には、聴きながら想像を膨らませ、作品世界に浸る楽しみがある。

イメージアルバムはアニメ化ほど制作のハードルが高くなく、アニメ化は難しいようなマニアックな作品が題材になったり、アニメ化に先駆けて作られたりしたのだという。

少女まんがからも、水樹和佳さんの『イティハーサ』日渡早紀さんの『ぼくの地球を守って』逢坂みえこさんの『永遠の野原』など数多のイメージアルバムが制作されている。

少女まんがならではの音楽の描き方

音をイメージさせるような表現や、実在のアーティストと絡める手法は、少年・少女・青年どのジャンルのまんがでも試みられている。

一方で、音楽少女まんがにおいて用いられがちな設定やシチュエーション、というものも存在する。
そんな少女まんがらしい音楽の描き方にも触れておこう。

スターとの恋愛

好きなアーティストと特別な関係になるシチュエーションに、憧れたことがある方も多いのではないだろうか。少女まんがには、そんな憧れを形にしたような、バンドマンやDJの男の子と仲良くなる話がいっぱいある。

大勢のファンがいるスターだけど、ヒロインは特別な存在で一途に愛してくれる、とか。
複数のバンドマンから思いを寄せられて、嬉しいけれど困ってしまう、とか。

誰しも夢見たことがあるだろう「こうだったらいいな」が詰め込まれている。

スターに恋人がいることが明るみに出たらスキャンダルになってしまうからと、周囲の人から恋愛関係の解消を迫られて…。なんてのもお決まりのパターン。この後ご紹介する『愛してナイト』もそうした作品のひとつだ。

スターになりたい女の子たち

一方で、主人公の女の子が自分でスターを目指す話も定番だ。

1950年代の少女まんが黎明期の雑誌の表紙を飾った、松島トモ子さんや小鳩くるみさんなどの少女スターは、読者の少女たちの憧れの存在だった。そのため、そんな少女スターを夢見る女の子の物語が繰り返し描かれた。

当時の少女まんがの王道は“さまざまな不幸に見舞われる少女が幸せを追い求める”お涙頂戴もの。ヒロインの夢はバレリーナか少女スター、というのがセオリーだった。

時代は下って1970年代になると、アイドルブームが巻き起こる。1980年代にかけて大勢の女性アイドルが生まれ、少女まんがの中にもアイドル歌手ものや芸能界ものが増えていった。ストーリーもキャラクター設定も多様化し、純粋に歌うことが好きで歌手になりたい女の子から、「注目されたい」「キラキラ輝きたい」と夢見る女の子まで、いろいろなタイプの話が生まれた。

その後も現代にいたるまで、少女が歌手やアイドルを目指す物語は次から次へと生み出されている。形は変われど、スターに憧れる女の子の話は、少女まんがの定番であり続けるのではないだろうか。

少女まんがで聞く音楽3選

音楽をテーマにしている少女まんがは、それこそ星の数ほどある。

その中でわたしが「音楽が聴こえてくる」と感じた感動的な音楽少女まんがを、音楽ジャンル別に3つピックアップして今回のまんが紹介を締めようと思う。

クラシックなら…くらもちふさこさんの『いつもポケットにショパン』

『いつもポケットにショパン』は、幼馴染のアーちゃんこと須江麻子と、きしんちゃんこと緒方季晋が、ライバルとしてそれぞれピアノに打ち込みながら、悩み傷つき成長していく姿を丁寧に描いている。タイトルのショパンの名が示すように、クラシックが題材となっている。

ふたりが過去の因縁や複雑な家族関係に傷つき苦悩する様子や、麻子が一時はやめようかとまで考えたピアノにだんだん打ち込んでいく姿に、何度も目頭が熱くなる感動的な作品だ。

そして注目したいのがピアノの演奏シーン。

効果音などではなく、表情や鍵盤を滑る指の動きから、叙情的に音楽を伝えようとしている。くらもちふさこさんの工夫の詰まった画面構成は、この作品を一層忘れがたいものにしている。

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ロックなら…多田かおるさんの『愛してナイト』

『愛してナイト』はお好み焼き屋の娘、やっこがバンドマンの剛と恋に落ちる、恋愛物語。平凡な女の子が人気バンドのメンバーに愛される王道ストーリーだが、全体に漂うほっこり優しい空気が心地よい。

剛の弟・橋蔵ちゃんと彼の愛猫ジュリアーノ、ライバルバンドのボーカル・シェラなど、ひと癖もふた癖もある脇役たちも愛さずにはいられない。

また、この作品の特徴は、作者と親交のあった実在のバンドがキャラクターのモデルになっていること。

剛のバンド・ビーハイヴはプログレバンドのNovelaを、シェラのバンド・キッスレリッシュはヘヴィメタルバンドの44MAGNUMをモデルにしており、当時の日本のバンドシーンの一端を覗けるのが面白い。

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オペラなら…一条ゆかりさんの『プライド』

『有閑俱楽部』が有名な一条ゆかりさんの、オペラ歌手の卵を主人公にした作品が『プライド』だ。

オペラ歌手を目指すライバル同士、元お嬢様・麻見史緒と苦学生・緑川萌の苛烈な争いは、ときに目をそむけたくなるほどドロドロと生々しいが、いつでも芯を貫こうとする誇り高い史緒の姿に胸を打たれる。

この作品の醍醐味は、音楽そのものの表現ではなく、音楽を愛するひとびとの心理描写だろう。

どんな思いを抱えて音楽と向き合っているかが分かるから、彼らが魂を込めた音楽が紙の中から響いてくるような気持ちになる。

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音楽少女まんがのススメ

音楽まんがには、まんがで音楽を表現するために、作家の創意工夫が詰まっている。

秋の夜長に、これらのまんがを紐解いて、音を読んでみるのはいかが? 音がないまんがという表現方法から音楽が伝わってくる感動をぜひ味わってほしい。

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逆盥水尾

さかたらいみおと読みます。昭和の少女漫画が好きで、最近はもっぱら漫画を読みふけりながら普及活動をする日々です。