バイトをしていなかった学生時代、“お年玉”は最大の資金源だった。1月1日、もらいたてのお年玉を握って向かう先は、本屋とCDレンタルショップ。そこでまんがをまとめて買い、CDをまとめて借りる。
そう、わたしはサブスクが始まる以前に青春時代を過ごした学生。
あの時、数万円のお年玉は、わたしにとって無限のカルチャーへの扉を開く“貴重な1回の課金”だった。情報も一からすべて足で調べたあのときは、今と比べるとお金も時間もかかってしまう。でもわたしはその時間を今では愛おしく思うのだ。

わたしのこと
- 年齢:30代
- 性別:女
- 職業:ライター
- ライフスタイル:誰かと同居、インドア派、リモートワーク、朝型、自炊派
- 好きなまんが家:荒川弘
- 好きなアーティスト:中田裕二
レコメンドはない。だから足で探した

わたしが学生時代を過ごした2000年代、月額を払えばまんがが読み放題になったり、音楽が聴き放題になるサブスクリクションサービス、いわゆる“サブスク”はなかった。
サブスクの良いところは、単に読み放題・聴き放題となる経済的なメリットだけではない。“レコメンド機能”が備わっており、過去の履歴から好みであろう作品をおすすめしてくれるのだ。おかげで、新たな作品との出会いには事欠かない。
しかし、サブスク以前はもちろんレコメンド機能なんてない。ならばどうやってお気に入りの作品を探していたか思い出してみる。
専門誌を立ち読みしたり、趣味の近い友だちのおすすめを聞いたりする。古本屋で棚を眺め、CDショップの試聴機に通う。好きな作家やアーティストの好きな作品を調べて、数珠繋ぎに調べていく。つまり、自分の足で探さなくてはいけないのだ。
サブスクとは違い、基本的に現品を手に入れなくては作品を楽しめない。そのうえ学生の資金には限りがあるので、足繁く情報を集めて、確実に自分が好みの作品を手にしたいのだ。それはまるで、限られた地図と資金で挑む、“宝探し”。
わたしは運が良いことに、自転車で行ける距離にTSUTAYAがあり、本屋とCDショップ、レンタルサービスを一気にチェックできた。WonderGOOやBOOKOFFも近かったので、恵まれていたと思う。
バイトができなかったわたしにとってのお年玉

わたしは高校生のとき、忙しい部活に所属していたのでバイトをする時間がなかった。なので、おこづかいを細々とやりくりする日々。
お昼ご飯は母親にお弁当を作ってもらっていたのだが、たまにコンビニや購買で買っていい日があって、お昼代としてもらった500円をなんとか浮かせる努力もしてみた。
そんなバイトなしの学生にまとまったお金が入るタイミングがお正月。最大の資金源“お年玉”がもらえる。普段月5000円をやりくりする学生にとって、数万円はかなりの大金だ。
1月1日、両親と親戚からもらったお年玉を握り締め、若い頭につめこんだ専門誌やラジオで得た知識をひねり出し、近所のTSUTAYAに向かっていった。
まんがを一気にまとめ買い

まずはまんが売り場に向かう。気持ちの上では勢いよく、扱いはやさしく、カゴの中にまんがを10巻以上まとめて入れる。連載中のまんがを一気読みしたいのだ。今回買うのは、二ノ宮知子『のだめカンタービレ』だ。
留学できる才能を持ちながら、国内でくすぶるエリート音大生・千秋真一。奇行が目立つものの、実はピアノの天才・通称“のだめ”こと野田恵。おそらく普通に生活していたら関わらないタイプの二人が、桃ヶ丘音楽大学で出会い、成長していく青春音楽コメディだ。
わたしは当時、吹奏楽部に所属していたので、作中で結成されるオーケストラの演奏描写に興味があった。本格的なクラシックを取り扱いながら、コミカルな描写が読みやすくて評判の『のだめカンタービレ』は、まとめて買って一気に読んでおきたかったのだ。
紙袋の底が抜けそうな量の本をしっかり支えながら家路に着く。家の本棚にずらりとまんがを並べ、思わずにんまり。背表紙を指でなぞる瞬間は、何物にも代えがたい達成感だった。
CDアルバムをまとめてレンタル

CDアルバムは当時の価格で1枚3000円ほどだったので、お年玉はあれど大量に買うのは厳しい。そんなときに活用したのが、CDレンタルだ。
正月にはセール価格が適用されており、CDアルバムが1000円で10枚借りられるのだ。これなら3000円で30枚聴けるではないか。学生にはお金はないが、時間と体力がある。
わたしの周りのバンド好きが聴いていたのは、BUMP OF CHICKENやRADWIMPS。キラキラしたアルペジオが歌う、ギターロックが心地よい。新譜は絶対チェックしなくては。
でも、わたしが本当に好きなのはひとりで聴く、椿屋四重奏や凛として時雨。歌詞が難解だったり暗かったりで、友だちに勧めてもいまいち反応が悪かったのだが。そういうことを考えながら、ひたすらカゴにCDを入れていく。
家に帰ったらCD・MDコンポを用意し、事前に買っておいたMDにひたすら録音していく。アルバムのイメージに合わせてMDの色を選ぶのがこだわりだ。
紙ラベルにアルバム名や曲名を書いて貼るのは重要な作業。これを怠るとMDにどの曲が録音されているかわからなくなってしまう。地味で時間のかかる作業だが、“自分だけのMD”を作るのは楽しかった。
友だちに貸し借り・おすすめして、“好き”を再定義する

勉強から解放された冬休みも終わり、憂うつな新学期が始まる。けれども楽しみもある。同じようにお年玉でまとめ買いした、友だちのまんがが借りられるからだ。
○○ちゃんはマーガレット系の恋愛まんが、○○ちゃんは花とゆめ系のファンタジーまんが、それぞれ好きなジャンルが違うので、いろんな作品に触れられる。
わたしはというと、“少年まんがや年齢ターゲットが少し高めの女性向けまんがを貸す人”だった。少しターゲットをずらしたほうが需要があると見込んで選んだフシもある。
人見知りのわたしは、タイプの違う同級生に話しかけるのが苦手だ。だからこそ、まんがを貸し借りすることで、スムーズにコミュニケーションがとれる。まんがという共通の話題もできるので、「何を話せばいいかわからない」と頭を悩ませる必要もなくなった。
その結果、「百香ちゃんが『DEATH NOTE』貸してくれるらしいよ」と、物騒な感じで評判が広がった。計画通り。
レンタルCDをMDに録音したものも貸し借りした。MDはすぐにその場で読めるまんがとは違い、聴くまでそれなりに工程を踏む。だからこそ、聴いてもらうためにプレゼンに力を入れた。少ない音楽知識と語彙力を使って、アーティストの魅力をなんとしても伝えたい。
今思えば、友だちに貸し借り・おすすめするという行為は、好きなものを広げると同時に、自らの好きを定義し、育てていく儀式だったのだと思う。おすすめするたびに、よりその作品が好きだという気持ちが高まった。
サブスク以降、選ぶ前から“与えられる”ことにとまどう

あれから長い月日が経ち、わたしを取り巻くカルチャーの環境が大きく変わった。
子どもがAmazonプライムでアニメを観ている。最近は『僕のヒーローアカデミア』にハマっているらしい。たぶん、以前に『鬼滅の刃』を観ていたので、週刊少年ジャンプ原作のアニメ繋がりでレコメンドされたのだろう。
「このアニメの曲、車で聴きたい」と言われれば、音楽サブスクで主題歌のプレイリストをすぐにダウンロードする。曲名を知らなくても、検索に迷うことはない。作品に触れたその流れのまま、音楽もまんがも選ばれていく。
便利で効率的だとは思う。それでも、選ぶ前から次々と“与えられる”環境に、少しだけ立ち止まりたくなる自分もいる。
サブスク以前は、お宝探しと共有の楽しみがあった。限られた予算と、有り余る体力から生み出した時間を使って、宝探しのように自分のお気に入りを見つける。見つけたまんがや音楽を貸し借りしたり、おすすめしたりして共有する。
人に勧めるときに、自分の“好き”を見つめ直し、よりまんがや音楽の世界が深まっていたのだ。そうやって好きになったまんがや音楽は、今聴き直したり、読み直しても大好きなものばかり。わたしの子どももそういう作品に出会えるだろうか。
サブスク以降も、“出会い”や“出会い直す”機会はある

ただ、サブスクを導入してから、“出会い”や“出会い直す”機会も増えた。子どもにお願いされてダウンロードした『僕のヒーローアカデミア』の主題歌プレイリストにBUMP OF CHICKENやTK from 凛として時雨が入っていた。
しばらく音楽活動を追っていなかったのだが、やはり好みは変わらないようだ。大人になった今聴いても色あせることなく、わたしの心に響いてくる。
また、子どもの興味があるまんがや音楽が購入履歴や閲覧履歴に残るので、今まで触れてこなかったコンテンツも目につくようになった。気まぐれにダウンロードしてみると、新鮮な気持ちになる。
わたしの場合、子どもを介して新たな作品に出会った。そして、昔の熱量を出会い直しという形で取り戻すこともある。
本当に大切な作品との出会いは、いつの時代も“人”が連れてくる
最近では、子どもが触れた作品の感想を聞く機会も増えてきた。彼はレコメンドによって効率的に好きを見つけるけれど、「母ちゃん、この曲かっこいいよ!」と目を輝かせながら語る姿は、かつてCDアルバムのプレゼンに熱中したわたし自身と重なる。
情報を得る手間ひまの速度や形態は変わっても、感動を誰かと共有したいという人間の根源的な欲求は、今も昔も変わらない。
サブスクという情報の洪水にあっても、わたしたち親世代が培ってきた“本当に好きなものを選び抜く目”は決して無駄にならない。そして“感動を誰かに伝えたいという情熱”は子どもの世代にも確かにある。
時代が変わっても、作品に触れた感動を誰かに伝えたいという気持ちを忘れなければ、まんがや音楽に深く感動できるわたしたちでいられると思う。なぜなら、本当に大切な作品との出会いとは、いつの時代も“人”が連れてくるものだからだ。
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