大人になる前の2月14日は、特別だった。朝から心臓がバクバクして、冬の寒さも感じないほどだった。
鞄に滑り込ませたチョコレート。鏡の前で、何度も髪型を直す。無事に渡せるか、ということで頭がいっぱいで、授業の内容なんて一切頭に入ってこない。
そんな、在りし日のバレンタインデーの思い出を振り返ってみたい。
小学生とバレンタインデー

誰かのことを「かっこいいな。好きかもしれないな」と初めて思ったのは、幼稚園に通っていたときだった。やんちゃな男の子だった。片頬に傷跡があるその顔を、いまだにぼんやりと思い出せる。確か「結婚したい」という旨の手紙を渡したこともあったはず。
そんな具合で、ませた少女だったので、小学生の頃からバレンタインデーには好きな男の子にチョコレートを渡していた。買うにしても作るにしてもひとりではできなかったので、親もきっと大変だっただろう。
初めてチョコレートをあげたのは、小学校低学年のとき。相手は、気になっていたからこそいつもぶっきらぼうに接してしまっていた男の子だ。どんなチョコレートをあげたのかも、彼の反応もまったく覚えていないけれど、ホワイトデーにはお返しをもらえた記憶がある。
中学年のときは、同じ塾に通う男の子が好きだった。惚れっぽい子どもで、ころころと好きな人が変わるのである。彼は“ガキ大将”然としたタイプだったから、チョコレートを茶化されないか心配だった。
バレンタインデー当日、塾の休憩時間にそそくさとチョコレートを渡したら、彼はとてもびっくりしていた。緊張していたので大して言葉も交わさず、すぐに離れた。
帰り際、彼が席まで近づいてきた。顔をあげると、彼は笑顔で「チョコ、ありがとうね」と言って、片足を真横にあげてぴょこんと跳ねた。そんな風に素直にお礼を言ってもらえるとは思ってもいなくて、このときの光景は今でも印象に残っている。
中学生とバレンタインデー

そして、中学生になった。人生で一番勇気を振り絞ったバレンタインデーが、中学1年生の2月14日だ。
当時好きだったのは、隣のクラスの男の子。入学してすぐの全校集会で見かけて、一目惚れだった。それから約1年間、ずっと彼を目で追っていた。学校に行くのが楽しみでしょうがなかった。
隣のクラスなので、話をする機会はない。そもそも自分のことを認識してくれているのかもわからない。どうにか喋るきっかけが欲しくて、彼の机の上にわざと本を置いていったこともある。所属していた吹奏楽部の練習で隣の教室を使っていたので、そのときに置き忘れたことにしようと思ったのだ。
隣のクラスの部員に「それ、詩織の本だよ」と言ってもらえれば彼が返しに来てくれるのでは、という算段だったのだけれど、結局返しに来てくれたのは部員の子だった。今思うと、なんだか怖いし恥ずかしい。
それから1ヶ月ぐらい経ったある日、私はさらに恐ろしい行動を取ってしまった。彼は背が高かったので、先生に頼まれて私のクラスに蛍光灯を替えに来てくれたのだが、そのときに意を決して近づき「1ヶ月前に、机に本を置いてごめんね」などと口走ってしまったのだ! そんな前の些末な出来事など覚えていないだろうし、きっと変な女子だと思われたに違いない。つくづく、恋は人を狂わせる。
そんな失態を犯しながらも迎えたバレンタインデー。私は、放課後に彼の自宅に突撃することに決めていた。家の場所は登校中に見かけて知っていたのだけど、これも今考えるとかなり怖い。
友人に近くまでついてきてもらい、ひとりで門の前に立ってチャイムを押した。あの瞬間の緊張は、今でも鮮明に思い出せる。チョコレートを渡したい気持ちと、帰ってしまいたい気持ちがせめぎ合っていた。
そこからの記憶は曖昧だが、とりあえず玄関口に本人が出てきてくれて、紙袋を渡すことができた。「好き」という言葉は、同梱した手紙で伝えた。メールアドレスも書いていたから、そこからメールのやり取りが始まった。
今思うと、相当勇気を出した日だった。そこから色々あり、中学3年生のときに少しの期間、お付き合いをした。そんな思い出ができたのも、バレンタインデーというイベントがきっかけをくれたからだ。
高校生になって以降もそれなりにバレンタインデーを楽しんだけれど、バレンタインデーに告白したのはこのときが最後だった。一番強烈な思い出だ。
教室の、朝からどこか浮ついた空気。会えるかな、無事に渡せるかな、と放課後までそわそわしているあの感じ。廊下の隅では、女の子たちが背中をキャッキャッと押し合う。そんな2月14日が、苦しいぐらい懐かしい。
チョコ嫌いのバレンタインデー

バレンタインデーといえばチョコレート、なのだが、私は昔からチョコレートが苦手だった。一番苦手な食べ物だった、と言っても過言ではない。
だから、買うにしても作るにしても、あまりおいしくなさそうだな、なんて思いながら用意をしていた。「チョコレートにこだわる必要なんてないんだし、自分でも食べられるものにしよう」と、ティラミスなど別のスイーツを用意した年もある。
これまでに作った中で一番印象深いのは、高校時代に配った“チョコレートがけ サーターアンダギー”だ。冬の修学旅行で行った沖縄で、お土産に買ったサーターアンダギーミックス。これを小さく揚げて、溶かしたチョコを少量まとわせることにしたのだ。
当時は“友チョコ”が流行っていたので、大量のサーターアンダギーを作り、小さな袋に詰めていった。揚げる工程は母親が手伝ってくれた。チョコレートは、たこ焼きのソースのようにほんの少し。そもそも甘いものが苦手な私でも、ついパクパクと口に運んでしまった。
今でもバレンタインデーが近づくと、「あのときのサーターアンダギーはおいしかったな」と思い出す。自分で揚げるのは億劫だから、あれ以来作っていないけれど。
そういえば最近、夫がスーパーで買うサーターアンダギーにはまっている。今年のバレンタインデーは、約20年ぶりに揚げてみるのもいいかもしれない。




