ここ数年、エンタメ界では異世界ものと呼ばれるジャンルが人気だ。この記事を読んでいる人にも、異世界もののまんがを愛読している方もいらっしゃると思う。
昭和の少女まんがにも、異世界が舞台の作品はさまざまある。
今回の“少女まんがの沼から”では、現代の異世界ものとはまた違った趣の、異世界ファンタジー少女まんがをご紹介する。
異世界ファンタジーとは

まんがや小説、アニメなどで“異世界転生もの”、“悪役令嬢もの”といったワードをよく見かける昨今。
今や一大ジャンルとなった異世界ものと、設定やストーリーは異なるものの、異世界を舞台としたファンタジーは昔から存在する。少女まんがの世界にもそれは言えること。
まずはここで言う”異世界もの”とは何か定義しておきたい。
現代の異世界もの
2010年代にブームに火がついた、ファンタジーの1ジャンル、異世界もの。
この世界とは別の架空の世界を舞台とするファンタジーで、よくある舞台設定は“中世ヨーロッパ風の世界で、ドラゴンやエルフといった空想の生き物や魔法が存在する”といったもの。
現実世界から転生や転移などの方法で異世界へ行った主人公が、元の世界の知識や新たに得た能力を使ってその世界で活躍するのが、お決まりのパターンだ。
主人公が元いた世界とは違う世界へ行って活躍する物語は以前から継続的に発表されていたものの、異世界を描いた作品が爆発的に増え、物語がパターン化されたのはここ十数年ほどのこと。
現代人がこの世界とは全く別の世界に行く設定なので、物語に入り込みやすく、「現実から離れて異世界に行きたい」欲求を叶えてくれるのが特徴だ。
設定によって異世界転生もの、異世界転移もの、悪役令嬢ものなど細分化されたジャンルもあり、複数の設定を組み合わせて“似ているけれどちょっとずつ違う”作品が量産されている。
人気作も多く、老若男女問わずファンの多いジャンルである。
昭和の少女まんがにおける異世界
昔の少女まんがにも、現代人が異世界に紛れ込んでしまう話がある。特に1992年に連載が始まった渡瀬悠宇さんの『ふしぎ遊戯』は、平成に入ってからの作品ではあるけれど、昔の少女まんがの中でもとりわけ有名な異世界ものだ。
とはいえ異世界を舞台にした作品というと、現実世界の出て来ない、いわゆるハイファンタジーが主流だろう。現実とは全く違う世界を描くこうした作品は、現代において“異世界もの”と呼ばれることはほとんどないが、立派な異世界ものである。
また、現代と別の場所とを行き来する話では細川智栄子さんの『王家の紋章』なども大人気作だが、これは異世界ものではなく古代エジプトへのタイムスリップものなので、またの機会に取り上げられたらと思う。
中世風世界のハイファンタジーで世界観に浸る!
現実世界の一切登場しない夢物語=ハイファンタジーは、初期のストーリー少女まんがにも見受けられるし、綿々と描き続けられてきたジャンルだ。
この項ではそういった作品の中でも、現代の転生ものにも通ずるような、没入感たっぷりの中世ヨーロッパ風世界が舞台のファンタジーをご紹介しよう。
紫堂恭子さんの『辺境警備』
壮大且つ上質なハイファンタジーを多数手掛けている紫堂恭子さん。1988年から連載の始まったこの作品は、そんな彼女のデビュー作だ。後に世界観を同じくする物語や、外伝や前史が描かれるなど、他の紫堂作品を楽しむためにも必読の書と言える。
舞台は中世ヨーロッパ風の様相の“ルウム王国”。物語はその辺境の地、西カール地方に主人公・隊長さんが左遷されてくるところから始まり、隊長さんの日常や彼の周りで起こるさまざまな出来事が描かれる。
J・R・R・トールキンのファンタジー小説『指輪物語』の影響を受けながら、独自の用語や文化風俗できめ細かく構築された世界は、魔法や精霊も登場し「これぞファンタジー!」な舞台設定。
ほんわかした日常からバトルやシリアスな思い出話まで読み応えたっぷりで、全体を包む素朴で優しい雰囲気には心を洗われるような心地になる。
女好きでちゃらんぽらんだけど意外と頼れる隊長さんを筆頭に、美しく真面目な神官さんや、かわいらしい兵隊さんたちなどキャラクターたちも愛おしい。
ハイファンタジーの名手、中山星香さん
少女まんがにおけるハイファンタジーのパイオニアと言えるのが、1977年にデビューして現在も活動中の中山星香さんだ。代表作の『妖精国(アルフヘイム)の騎士』を始め、アルフヘイムという妖精の住まう国を舞台とした作品群をライフワークとしている。
どの作品にもお姫様に王子様、妖精の王と魔法と魔物…そんな夢が詰め込まれており、読んでいる間中はるかな世界に陶酔することができる。
『妖精国の騎士』は全54巻に加え続編も出ている大長編なので、取っ付きづらさもあるが、本格ファンタジーの短編も多数あるのでそちらから手に取るのもおすすめだ。
それから、中山さんのもうひとつの代表作『花冠の竜の国』は残念ながらわたしは未読なのだけれど…
あらすじを見たら、“イギリス人少女が童話の世界に迷い込む”という、まさしく異世界転移もの!かっこいい王子様とのロマンスあり、わくわくどきどきの冒険ありと、手堅いファンタジー少女まんがの模様。こちらもなかなかの長編で尻込みしていたのだけれど、この機に読んでみようと思っている。
人間世界と隣り合わせに存在する、妖精の世界
『妖精国の騎士』もそうだけれど、ファンタジー少女まんがにおいて、妖精はとてもポピュラーな存在だ。
多くの場合美しい見た目をしていて、人間と似ていながらも全く別の感覚を持って生きている妖精たちは、キレイや可愛いが求められ論理性よりも没入感や共感が重視されがちな少女まんがと親和性が高い。
と、堅苦しいことを言わなくても、妖精が登場するというだけで何だか心が躍るではないか。
ファンタジー児童文学に影響を受け、北欧神話、ケルト神話などのエッセンスを取り入れた妖精ものは、美しく夢見がちでポエティック。そして人ならざる者の怖さも少し感じる、味わい深い作品が多い。
- 現実世界の中に実は妖精が存在していて、子どもや心の純粋な人だけが見える設定
- 大昔は人と妖精が共生していたという設定
など、妖精ものにはいくつかのパターンがあるけれど、ここでは人間世界と行き来することのできる異世界としての妖精の世界が描かれている作品を取り上げたい。
山岸凉子さんの『妖精王』
以前バレエまんがで紹介した『アラベスク』の作者、山岸凉子さんによる名作ファンタジーが『妖精王』だ。
この作品では、妖精たちの国ニンフィディアと現代の北海道が繋がっている。主人公の爵は、ニンフィディアと北海道を行き来するうちに自分が妖精王の生まれ変わりなのだと知らされ、世界を支配しようと企むダーク・エルフとの戦いへと身を投じることになる。
骨太な冒険譚を彩るのは、ウンディーネにハーピー、ケルピー、クーフーリンなどなど…世界各地の神話や伝承に登場する架空の生き物たち。ケルト神話もギリシア神話もアイヌ神話もごちゃまぜのオリジナルな世界観が読者を魅了する。
そして印象的なのは、妖精たちが爵に優しく、ときに厳しく教えてくれる“生き方”のかずかずだ。信じることの大切さ、友情の温かさ、他者を愛するということ。哲学的ともいえる言葉は読むごとに深みを増していく。
特にわたしの心に響いたのは、死にかけている友人を救うために必要な薬が“悩む者”という名前であること。
「生きることは悩むこと」「生きている限り悩みは尽きないのだ」
初めて読んだ際からずっとわたしの生きる指針のようになっている。
昭和の少女まんがで妖精界に“転生”する話は読んだ覚えがないが、このように“転移”する話は、花郁悠紀子さんの『フェネラ』や奥友志津子さんの『笛ふきの森』などもパッと思い付く。
異世界としか思えないけど実は…というパターンも
ファンタジー作品の中には、異世界の話と思わせて、実は地球の大昔やはるかな未来の話だった…! という展開も多い。ジャンルとしてはSFに分類されるわけだが、とりわけ大好きな2作品をご紹介して、今回の“少女まんがの沼から”の締めにしたい。
佐藤史生さんの『夢みる惑星』
未曽有の危機が到来すると予見されている、とある星の大陸。アスカンタ王国の王子、イリスは民衆に危機を知らせ少しでも安全な場所へと誘導するため、信仰の対象“大神官”を演じることになる。
本当は幻視能力という超能力を持たなければ大神官にはなれないのだが、イリスにはその力はない。自らの神々しい見た目や超古代文明の科学力などを駆使して、あたかも幻視能力があるように見せかけて、ひとびとの心を掴んでいくのだ。
幻視能力を持っているように見せかける、つまり民衆を騙すことになったイリスの覚悟と達観には痺れる。そうした優れた心理描写を含んだ本格SFとしてはもちろん、エキゾチックで神秘的なファッションや、政治的な駆け引きなど楽しみどころの多い作品。
終盤、実は舞台はゴンドワナ大陸(大陸が今の形に分裂する前の巨大大陸)だったと明かされる。この時代の地球には竜が生息しており、ひとびとの中には超能力を使える者もいるため、種明かしされるまでずっと異世界の話なのだと思い込んでいた。
水樹和佳さんの『イティハーサ』
こちらは冒頭で「1万2千年前の日本が舞台」だと明言されているものの、物語の壮大さや魔法のような力が存在すること、半人半獣のキャラクターが登場するなどの特徴から、ほとんど異世界と言ってもいいのでは…? と思ってしまう。
ストーリーの軸は、太古から存在する“目に見えぬ神々”と、外からやってきた“目に見える神々”の存在と、“目に見える神々”の内部での抗争にあり、そうした神々の争いに巻き込まれていくひとびとの姿をつぶさに描いた重厚な人間ドラマとなっている。
感覚を共有する双子の姉妹や、太古に滅んだ超科学文明の大国など、多分に取り入れられたオカルトやスピリチュアルの要素も物語を面白くすることに一役買っている。
善は何か、悪とは何か、そして生きるとは何か。
そういった根元的な問いに正面から向き合った大作である。
昭和少女まんがでもバラエティ豊かな異世界ファンタジー
今回ご紹介したのは、異世界ファンタジーものの少女まんがのほんの一部分。
日常から離れて異世界気分に浸りたい。そんなとき、現代の異世界転生ものではなく、たまには昭和の少女まんがに手を伸ばしてみるのはいかが?
空想世界にどっぷり浸って癒されること請け合いだ。




