“北欧デザイン”
シンプルで機能的、ビビッドなカラーリングは日本でも大人気。
雑貨、ファブリック、家具、好みはあれど、北欧デザインでそろえてさえおけば、おしゃれな雰囲気を醸し出せる。かくいう私も、北欧デザインには目が無い。
2019年4月、まだ冬の凛とした空気が残る春のデンマークへ。
デザイン大国と呼ばれるその国は、心を豊かにする知恵と工夫にあふれていた。
アルネ・ヤコブセンの感性が息づく、ラディソンSASロイヤルホテル
コペンハーゲン中央駅にほど近い場所にあるラディソンSASロイヤルホテル。
1960年、世界初のデザインホテルとしてオープンしたこのホテルの設計は、デンマークデザインの父として有名な建築家兼デザイナーのアルネ・ヤコブセンである。
ヤコブセンがこのホテルのためにデザインしたスワンチェアとエッグチェアが惜しげもなく置かれたロビー。私が憧れてやまないミッドセンチュリーの濃厚な空気に、軽くめまいを覚える。
ロビー中央には北欧を代表する照明デザイナー、ポール・ヘニングセンが手がけたPHアーティチョークが存在感を放つ。72枚のそれぞれの羽根の内側を反射して下のシェードを照らし、やわらかな光をもたらしている。
「美しいものを作るのではなく、必要とされているものを作る」
これはヤコブセンの言葉である。
必要なものとは機能性だけではなく、その使い手が“心地良い”と感じること。
ヤコブセンのデザインに触れることで、北欧デザインが愛される理由が少しだけわかったような気がした。
短い夏への憧れ。ベルビュー・ビーチ
コペンハーゲンから列車で約20分、ヤコブセンがプロデュースしたビーチがあると聞き、クランペンボーへ向かった。この界隈にはヤコブセンの作品が数多くあり、その世界観を存分に堪能することができる。ひとつずつ見ていこう。
春とはいえ、日中の気温がまだ一桁台のコペンハーゲンはとても寒く、コートのボタンを首元まで締め、ローカル列車に乗り込んだ。
駅からバスに乗り、降りた先に見えたのはコバルトブルーの海と白い砂浜。
季節外れのビーチにはひとっこひとりいない。侘しさよりもビーチを独り占めしている贅沢な気分になったのは、3本のブルーのラインが美しい、監視塔のおかげである。
爽やかな3本のブルーのラインは、ベルビュービーチのテーマ。
監視塔の他にも夏になればネットが張られるビーチバレー用のポールにも施されている。
とても短い北欧の夏。ヤコブセンはどんな思いでこのビーチをデザインしたのだろう。シンプルさのなかにもやわらかな温もりを感じるのは、北国・デンマークが抱く、夏への憧れのせいなのかもしれない。
ベルビュー・シアター
ベルビュー・ビーチの向かい側に建つ、ベルビュー・シアターもまた、ヤコブセンの作品である。ヤコブセン建築の特徴とも言える美しい曲線は、1937年の作品とは思えない斬新さを感じる。
隣接するレストランもヤコブセンによる設計で、インテリアからカトラリーに至るまでヤコブセンデザインにこだわった、それはそれはステキなレストランなのだそう。しかし、シーズンオフのせいか、はたまたすでに閉店しているのか、少し寂しい雰囲気。
どんなに機能的で意匠性に溢れた建物でも、使われないとそれは朽ちてゆく。かたちあるものはやがて失われるとはいうけれど、夏にもなれば大勢の人で賑わい、シアターもレストランも再び息を吹き返すのだろう。そうであってほしい。
ガソリンスタンド
ベルビュービーチを後に、冷たい潮風にめげそうになりながら歩くこと20分。それは突然姿を現わす。ヤコブセンが1937年に手がけた作品、現役のガソリンスタンドである。
約80年前のガソリンスタンドは、なんだか宇宙ステーションのよう。いや、ガソリンスタンドと見せかけて、実はひっそり地球にやってきた宇宙船のピットなのかもしれない。
ヤコブセンのアントチェアのようなフォルムの丸い屋根にUFOが降り、宇宙人が給油する姿をにやにやしながら想像する。
しかし、すると燃料はガソリンとなるわけだから少し情けない。せめてハイオクであってほしい。
なんて、くだらない私の妄想に付き合う人がいないのがひとり旅。それすら楽しいのがひとり旅。
ベラヴィスタ集合住宅
ベルビュービーチの近くにある竣工1934年の集合住宅ベラヴィスタは、ヤコブセン初期の代表作である。ドイツのバウハウスの影響を受けたとされ、いまはリゾートマンションとして利用されている。
スーホルム(テラスハウス)
集合住宅ベラヴィスタに隣接して建つのはデンマーク伝統のイエローブリックの外観が美しいテラスハウス、スーホルムである。ここはヤコブセンの終の住処であり、晩年は、海が最も美しく見える部屋で暮らしたそう。
だからわたしは知りたい。
- どんな人が建てたの?
- 何を思い、感じ、デザインしたの?
建築やデザインと向き合うことは、人の人生に寄り添うこと。モダン建築も歴史的建造物も、触れたらなにかを伝えてくれるかもしれない。
スーホルムを設計した際、イエローブリックを使うと決めたのは、故郷デンマークへの畏敬なのだろうか。
地球上の生き物で家を建て、そこに定住と安息を求めるのは人間だけ。
それはステータスの象徴かもしれないけど、全てを包み込む包容力みたいなものが家にはあると私は思う。そして、住み続けることで浄化されてゆく。
ビーチの整備から始めた大規模なリゾート開発だったベルビュービーチのリゾート計画は、ヤコブセンの手によって唯一無二の場所となった。
その世界を独り占めし、思う存分堪能できたかけがえのない時間を、私はきっと忘れない。
バウスヴェア教会
デンマークにはヤコブセン以外にも、著名な建築家が手がけた作品が数多く存在する。例えばヨーン・ウツソン。彼の名前は知らなくても、彼が手がけたシドニーのオペラハウスを知っている方は多いことだろう。
コペンハーゲン郊外にあるヨーン・ウツソン設計のバウスヴェア教会もまた、オペラハウスに負けないくらい建築機能と意匠性の絶妙なバランスによって創られた作品である。
教会といえば、カトリックの豪華な装飾が一般的なイメージだけれどここは違う。
自然光を多く取り入れた設計と木のぬくもり、意匠性のある独特なデザインが見事に調和し、モダンでありながらも神聖な雰囲気を纏っている。
波のような大きなうねりのコンクリートの天井、反射するハイサイドからの光の空間。
早朝の訪問だったこともあり、そこに立っているだけで浄化されていくようだった。
ルイジアナ近代美術館
ルイジアナ近代美術館が“世界一美しい美術館”と称賛されるのには理由がある。ひとりの美術愛好家によって設立されたこの美術館は、ピカソ、ジャコメッティ、アンディ・ウォーホールなどの他、現代アートを代表するゲルハルト・リヒター、草間彌生なども常設されている。
素晴らしいコレクションだけれど、名だたる美術館を差し置いて、“世界一”と称するにはちょっと物足りない、と思う方もいるかもしれない。ルイジアナ近代美術館を世界一とするゆえんは、その“環境”にあると私は思う。
かつては個人の邸宅だったルイジアナ美術館は、約40年もの歳月をかけて増改築し、今の姿になった。増築する際は既存樹木を避け、地形に沿うように増築が行われた。そのため、自然とアートが調和した庭園で過ごすだけで、北欧独特の文化“ヒュッゲ(心地よい空間)”を楽しむことができる。
まるで知人の家に遊びにきたかのようなあたたかい佇まいの蔦が絡まるエントランスも見逃せない。窓からオフィスを覗くと、ここにもルイス・ポールセンの照明、PH1/2が。
波の音と小鳥のさえずりとアート、そしてピクニックを楽しむ子どもたちの声。その全てが調和していることが、ルイジアナ美術館を“世界一”とするのだろう。
この場所に身を投じることで得られる豊かさや居心地の良さ。複合的な考え方こそが北欧らしさなのだ。
デンマーク王立図書館
コペンハーゲンのウォーターフロント、スロッツホルメンにあるデンマーク王立図書館は、北欧最大級の蔵書数を誇る巨大な図書館である。蔵書の中にはアンデルセンの直筆原稿や、王室関連の貴重な書物や資料が大切に保管されており、その外観から“ブラックダイヤモンド”とも呼ばれている。
“ダイヤモンド”と呼ばれるのはその外観だけが理由ではない。国王が“本は国の宝”として、大切な所蔵本を黒く光る宝石箱の中にしまったことが由来とされている。
建築ユニット、シュミット・ハマー&ラッセン設計のこの図書館は、外壁に南アフリカ産の黒色花崗岩を用いて宝石箱をイメージしたそう。
内部は旧館と繋がっており、渡り廊下を渡って現在から過去へ。まるでタイムトリップしたかのような旧館が姿を表す。
ひっそりと、静かに、手にする人を待つ書物たち。
この書架に、どれだけの宝物が眠っているのかと思うだけで、胸が高鳴る。
北欧デザインはヒュッゲそのもの。
日照時間が少ない北欧では、自然光をできるだけ多く取り入れるために窓を大きく取ると聞く。
家の中で過ごす長い時間を楽しく明るく過ごせるよう、ファブリックや食器類には鮮やかな色使いを。家具は奇抜なデザインではなく、木のあたたかみを感じるシンプルかつ、機能性を重視したデザインが多用されている。
そう、わたしたち日本人が愛してやまない北欧デザインは、北欧の人々が陽の光を焦がれる長年の思いがカタチとなって生まれたのだ。いわば、北欧デザインそのものがヒュッゲなのである。
デンマークには北欧デザイン以外にも、アンデルセンが愛したメルヘンな世界や美味しいデニッシュ、スモーブローというフォトジェニックなオープンサンドイッチなどがあり、その魅力は語るに尽きない。
それはまた、別の機会に記すとしよう。