だから今、レコードが聴きたい

音楽が好きだ。家でも移動中でも、常に耳元では曲が流れている。集中して仕事をしたいときの特効薬も音楽だ。

中学では吹奏楽部でサックスを吹き、高校ではバンドを組んでいた。大人になってから、ヴァイオリンも習い始めた。国内最大級の音楽フェスであるフジロックには2014年から毎年参戦している。音楽理論をかじってボカロ曲を作ったこともある。

とはいっても、音楽シーンに明るいわけではなく、知っているアーティストにも偏りがある。ただ、自分の心を動かす音楽を探し続けているだけだ。

そうやって気ままに音と戯れてきたが、我が家にレコードプレーヤーを迎えたことで、音楽との関係性がより濃くなったように感じている。今回は、そのことについて書いてみたい。

わたしのこと

  • 年齢:30代
  • 性別:女
  • 職業:PRプランナー
  • ライフスタイル:夫と同居、インドア派時々アウトドア派、リモートワーク、夜型、自炊派

「手間をかけて音楽を聴く」ということ

音楽をApple Musicで聴くようになって久しい。10代の頃は、CDを借りてきてMDに録音したり、iTunesにインポートしたりしていたが、サブスク時代に突入してからそんな手間は不要になった。

私の場合、シチュエーションに合わせて、Apple Musicが提供しているプレイリストを流すことが多い。車で遠出をするときには、「ドライブ」で検索する。寝る前には「眠り」や「ヒーリング」、集中したいときには「勉強」「読書」なんかで検索すると、最適な音にすぐ辿り着ける。最近のヒット曲を追いたければ、「デイリートップ100」を流せばよい。

Apple Musicのようなサブスクは確かに便利ではあるが、時折「これでいいのかな」と感じることもある。プレイリストでよく聴いている曲、気に入っている曲でも、その曲名はおろか、アーティスト名すら知らないことが往々にしてあるからだ。アートワークの印象ぐらいしか記憶に残っていない。「あの、海辺に女性が立っているやつ」といったように。

そんなとき、「近年レコードの売上が伸びている」というニュースを目にしたのだった。気になってSNSで検索してみると、確かにレコードに関する投稿が多く上がっている。そういえば、1月に訪れた韓国の梨泰院でも、広々とした試聴ブースで何組ものカップルがレコードを楽しんでいた。

遠い昔の記憶が蘇る。小学生の頃まで住んでいた家に、レコードプレーヤーがあったのだ。父親が、慎重にレコードを置いていた様子が思い出された。まるで、何かの儀式のようだった。

もしかして、レコードであれば、また違った形で音楽との関係が築けるのかもしれない。それはきっと、自分で豆を挽いて淹れるコーヒーや、映画館で観る映画と似ている。“便利”を手放して、手間をかける。時間をたっぷり使い、集中して向き合う。その体験は、心をときめかせてくれるに違いない。

初めて買ったレコードは

レコードプレーヤーはそれなりに場所を取るため、購入にあたっては家族会議が必要だ。夫に「レコードプレーヤーが欲しいんだけど」と切り出してみたところ、「いらないでしょ。どうせ使わなくなるし」とにべもなかった。

しかし、私の決意は固い。夫は洋楽にそこそこ詳しいので、まずは近所のブックオフに連れていき、実際にレコードを見せることでその気にさせる作戦に出ることにした。

レコードコーナーに足を踏み入れたとき、根本的な問題に気づいてしまった。私が主に聴いてきたのは、平成から令和のJ-POPやJ-ROCK、K-POPであり、洋楽も昭和歌謡もほぼ聴かないため、レコードを買うにしても取っ掛かりがないのだ。つまり、欲しいものがないのである。

知らないアーティストの曲ばかりが並ぶ棚を漫然と眺めている中で、ふと目に止まったジャケットがあった。パームツリーが伸びる、夕暮れ時の風景が美しい。それは、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』というアルバムだった。

私は『ホテル・カリフォルニア』はおろか、イーグルスすら知らなかったが、そのジャケットに一瞬にして心を奪われてしまった。とはいえ、プレーヤーもないのにジャケ買いすることは躊躇われる。そこで、まずは帰宅してからApple Musicで聴いてみることにした。

『ホテル・カリフォルニア』は1976年に発表されたアルバムで、グラミー賞最優秀レコード賞も受賞し、イーグルスの最高傑作と言われている。特に表題曲は、美しい歌詞の中に当時のアメリカを批判するメッセージも込められた名曲だ。ドン・ヘンリーの哀愁漂う歌声と、後半のギターパートが切なさを掻き立て、ジャケットの風景そのもののような詩情に満ちている。

Apple Musicで繰り返し聴いているうちに、どうしてもこのレコードがほしくなってしまった私は、数日後に再びブックオフを訪れ、“初めてのレコード”を購入した。サブスクとは違い、数曲を聴くためにお金を払うからこそ慎重になる。曲がつくられた背景や、アーティストのことを深く調べるなんて、久しぶりだった。

「レコードを買っちゃったから、レコードプレーヤーを買いに行こう」という滅茶苦茶なロジックで夫を説得し、週末に家電量販店を訪れた。元々は別のメーカーの商品を買おうとしていたのだが、最終的にコンパクトさに惹かれてオーディオテクニカの『AT-LP60XBT』を選んだ。約2万円のエントリーモデルだが、まずはレコードを聴ければよい。今後レコード沼にハマったら買い替えよう、ということで意見が一致した。

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気軽にレコードを聴けるようにと、Bluetooth対応スピーカーにワイヤレス接続ができるモデルを買ったが、有線でアンプに繋いだ方が迫力があり、ワイヤレス接続機能は結局使っていない。

レコードが変えた日常

朝早く起きてコーヒーを飲みながら、あるいは夜にソファでくつろぎながら、レコードを聴く。そんな習慣ができた。

棚から聴きたいレコードを選び出す。傷つけたり落としたりしないように、艷やかで大きな円盤を慎重にジャケットから引き出し、そっとプレーヤーに置く。やさしく埃を拭う。ゆっくりと回りだすレコードの、あたたかな音に包まれる時間は何物にも代えがたい。解説を読みながら音楽に耳を傾けるという行為は、ワインを飲むことに似ているような気がする。

レコードと出会ったことで、聴く音楽の幅も広がった。70〜80年代ロックやハウスミュージックをよく聴くようになり、家ではジャズが流れることも増えた。最近は、次に買うレコードを決めるために、Apple Musicで昔の曲のプレイリストを聴き漁っている。「買うために聴く」というのは、いささか本末転倒なようだが、サブスク時代だからこそできる楽しみ方だ。

中古レコードショップ巡りという趣味も増えた。都内ではディスクユニオンをはじめとする有名なショップを周り、車で遠出するときは、その地域のハードオフに立ち寄る。

レコードを探すことを「Dig(掘る)」と言うが、まさに宝探しのようだ。思い出深いアルバムに出会えることもあるし、ジャケ買いしたレコードが好みにぴったり合っていると小躍りしたくなる。

私の隣で狂ったようにレコードを物色している夫に、「レコードプレーヤーなんていらないって言ったじゃん」と呆れてしまったのだが、彼曰く「こうなるのがわかってたから、買いたくなかったんだよ」とのこと。2人で家に迎えた1枚1枚が愛おしく、大事に聴いていきたいと思う。

音楽をより好きになるために

サブスク時代だからこそ、レコードと新鮮な関係性を築くことができる。その視聴体験は、音楽との向き合い方を新たな次元に引き上げてくれるはずだ。まずは、レコードが聴けるカフェやバーを訪れてみるのもいい。きっと、その魅力に取りつかれてしまうはずだから。

東樹詩織

食や旅の領域でPR・ブランディングに携わる傍ら、執筆活動を行う。アートと本にのめり込み、「as human footprints」名義でZINE出版を開始。写真と動画の撮影・編集も。最近の関心事は、アジア各国のカルチャー、映画、海外文学、批評、3DCG、AI。キャンプ好きが高じて、東京↔︎信州・上田で2拠点生活中。