北海道8泊9日のキャンプ旅で、“未知”に出会う

マイカーで北海道を訪れる。最初は、それだけで大冒険だった。

旅のはじまりは、東京から青森まで片道700km超のドライブだ。青森から北海道までは、車ごとフェリーに乗って移動する。夫と愛犬と、キャンプをしながら北の大地を転々とするゴールデンウィーク。一体どんな旅になるのだろう、と心をときめかせた。

それから、5月の北海道キャンプ旅は私たちの定番となった。毎年、10日近く滞在する中で、訪れたことのある場所、食べたことのあるものが増えていく。いつしか冒険のときめきは薄れ、「また帰ってきた」という安らぎが芽生えるようになった。

もっともっと、“未知”に出会う。それが、4回目となる今年の北海道キャンプ旅のテーマだったのかもしれない。

函館からニセコを通過して日本海沿いに北上し、最北端の稚内(わっかない)へ。その後は知床半島を周って釧路まで南下し、函館に戻る8泊9日。総走行距離は、本州での移動も合わせて約3,600kmだ。私はまったく運転をしないので、夫が1日6時間ほど車を走らせてくれた。おかげで、積丹(しゃこたん)半島や利尻島など、今まで行ったことのなかった場所を訪れることができた。

この旅のすべてを語ろうとすると、紙幅が尽きてしまう。そこで今回の記事では、旅の中で強く印象に残った場所を、5か所紹介したいと思う。

波の音と眠る、積丹半島

毎年、出発地である函館から東へと進み、北海道を反時計回りで旅していた。そのため、日数が足りなくて訪れることができずにいたのが、西側のエリアだ。

北海道西部に位置する積丹半島は、日本海に向かって突き出た半島である。積丹の海は、その美しさから“積丹ブルー”とも言われている。

旅の初日に訪れた道営野塚野営場は、積丹ブルーを望む砂浜にテントを張れるキャンプ地だ。なんと、利用料は無料。北海道は無料のキャンプ場が多く、気ままな旅にうってつけなのである。

晴れていれば日本海に沈む夕陽を見られるそうだが、あいにく曇天だった。それでも、波打ち際のすぐそばで眠る体験が贅沢で、ここでの一夜は忘れられない。横になって目を閉じると、優しく打ち寄せる波の音に、ふわりと包みこまれるような心地がした。

キャンプ場の近くには、「日本の渚百選」に選ばれた島武意(しまむい)海岸がある。展望台から見下ろす海はもちろん美しいのだが、ここに来るまでにだいぶ見慣れてしまったこともあり、気づけば灯台や岩の写真ばかり撮っていた。ウェス・アンダーソン監督作品に出てきそうな、眩しい色の岩に見惚れた。

“野生”が近い場所、稚内

道北が好きだ。自然が、まだ人に負けていない場所。建物がひしめく東京での暮らしに慣れていると、道北の風景はまるで別世界のように映る。

最北の地である稚内には、3年連続で訪れている。「ついに、ここまで来た!」という満足感があり、旅の中継地として外せない。

高台に位置する稚内森林公園キャンプ場に到着すると、平日かつ天気が悪かったこともあってか、だだっ広い場内にはテントが1張しかなかった。毎年テントを張る辺りで、雨の中、鹿の群れがのんびりと草を食んでいた。

しんと静まり返った場内には、霧が立ち込めている。年々ヒグマへの警戒心を高めている私たちは、一旦設営を諦めて町に下りることにした。稚内市では数日前にヒグマの目撃情報があり、いつどこから現れてもおかしくないと、正直かなり怯えていたのだ。

稚内駅の近くにある日帰り温泉でひと休みしながら、雨が止むのを待つ。漫画が読み放題の休憩室では、皆思い思いにくつろいでいる。運ばれてくる定食も美味しそうだ。なんと安全で、あたたかな場所なのだろう。「もうキャンプなんてやめようよ」「ここでずっと暮らそう」と、夫とノンアルコールビールで乾杯をする。

気づけば、日が暮れていた。後ろ髪を引かれながら車に戻り、夜道をキャンプ場へとひた走る。いつも車中で流している暗いトーンのクラシックを聴こうとしたら、夫に「怖いからやめて」と止められた。

雨は止み、駐車場に車が数台増えていたものの、キャンプ場内には人がほぼいない。トイレの電気もつかず、暗がりから動物に見られているような、ぞくぞくする感じが拭えない。しょうがないので、この日はテーブルを出して焼き肉を食べたあと、車内で寝ることにした。

今回、稚内森林公園キャンプ場には2泊滞在したのだが、2泊目は人も増えて、テント内で快適に過ごせた。ヒグマのことばかり考えていたせいで、初日は過敏になっていたのかもしれない。

怖い怖いとばかり書いてしまったが、稚内の美しい夜景が見られる無料のキャンプ場で、これまでに5泊したおすすめの場所である。

利尻富士に見守られる、利尻島

利尻島は、“利尻富士”とも呼ばれる利尻山が島の中央にそびえる、最北の火山島だ。名産の利尻昆布は、知っている方も多いだろう。

海の向こうにおぼろげに佇む利尻山に心惹かれ、「いつか行ってみたいね」と夫と話したのが2年前。今回、北海道に着いてから調べたところ、意外と簡単に行けることがわかった。「せっかくだから行こうか」と、その場その場で柔軟に旅程を組めるのが、キャンプ旅の醍醐味だ。

利尻島には、稚内港からフェリーで渡る。所要時間は1時間40分だ。車ごと乗ると高いので、マイカーは稚内に停め、現地でレンタカーを借りることにした。犬連れでも借りることができた。

利尻島には、ヒグマやヘビがいないと言われている。前日、稚内で獣に怯える夜を過ごした私たちには朗報だ。

間近で見る利尻富士は、黒黒とした山肌と、真っ白な雪のコントラストが美しい。勇ましい姿に見惚れてしまう。島の中央にある山というのは、なんだか神々しい。どこにいても、利尻山がこちらを見ている。私も、利尻山を見る。北から、東から、南から、西から。どの表情も美しいのだ。

利尻島は小さな島なので、車で1周するのに1時間半ほどしかかからない。それでも、点在するハイキングコースを歩いていると、登山でもしたかのような運動量になる。郷土資料館や博物館で、最北の地について深く知る時間も楽しく、日帰りでも充実した滞在だった。

ヒグマと遭遇した、知床

1年ぶり、2度目の知床半島へ。知床は、高密度のヒグマ生息地として知られている。車で入れるエリアも限られており、原始の自然が残る場所だ。

朝から眩しいほどの晴天だったが、知床半島に入った途端、雨が降り出した。この天気では、トレッキングも億劫だ。そこで、去年時間が足りずに行けなかった道を車で走ってみることにした。国道334号を半島の先端へ向けて進む。

その途中、ヒグマに出会った。

1頭目は、道路沿いの斜面でのんびりしているヒグマ。その次は、木々の向こうをゆっくりと歩いていく親子のヒグマ。どちらも車からの距離はかなり離れていたが、圧倒的な存在感があった。

鷹揚な動きは、どこか神秘的だ。アイヌ民族がヒグマを「キムンカムイ」(山の神)と呼んだ理由もわかるような気がする。この巨体が、本気を出せば時速60kmで走れるというから恐ろしい。

続いては、知床横断道路を通り、半島の南東側にある羅臼町へ。山深い北西側とは異なり、港町の雰囲気が色濃い。

羅臼町を知床岬方面に進むと、“日本最北東突端地”に辿り着く。突端地には、「キケン 道なし!」「ここから先に行かれる方へ すべて自己責任」という案内板が立てられており、気軽に進むことはできない。原始の自然が未だ残る地を、自分の足で進んでいけるスキルを持つ人が羨ましい。

突端地付近を、キツネや鹿が、我が物顔でぶらついている。我が物顔も当たり前だ。私たち人間が、この大自然の中にお邪魔しているだけなのだから。

自然のエネルギーに圧倒される、登別

函館に戻る途中で、この旅で最後となる温泉に入った。北海道各地の温泉を楽しめるのも、キャンプ旅の醍醐味だ。

北海道の三大温泉地として知られる登別温泉は、地獄谷や大湯沼(おおゆぬま)などの名所も有する人気の観光地である。日帰り利用可能な施設が複数ある中で、夫が小さい頃に家族で訪れたという、第一滝本館へ向かった。第一滝本館では5種類の泉質を楽しむことができる。

温泉とノンアルコールビールで旅の疲れを癒やしたあとは、観光名所を見て回ることにした。

地獄谷は、登別温泉の源泉が湧き出す爆裂火口跡だ。硫黄の匂いが充満し、あちこちからガスが吹き出している。その、自然が生み出す圧倒的なエネルギーに魅入られてしまった。

これが、地球なのだ。人間がいてもいなくても、この景色はある。私は地球で生きているのに、普段そのことを実感する機会がない。それは、とても残念なことに思えた。

大湯沼は、周囲約1kmほどある巨大な沼だ。沼からは、絶えず温泉が湧き出している。深さは約22mで、最深部の温度は100℃を超えるという。万が一落ちてしまったら、ひとたまりもない。

地球は、決して人間に優しくはできていない。当然である。まず地球があり、私たち人間は苦労を重ねながら、この地でなんとか生きてきた。その事実を日々の暮らしの中で、つい忘れてしまうのだ。

もっと、地球を知りたい。圧倒的な自然に触れ、生きていることの奇跡を味わい尽くしたい。そう感じた、登別滞在だった。

北海道は、この地にしかない魅力で満ちている。何度訪れても、飽きることがない。皆さんも、ぜひ北海道で、たくさんの“未知”と出会ってほしい。

東樹詩織

食や旅の領域でPR・ブランディングに携わる傍ら、執筆活動を行う。アートと本にのめり込み、「as human footprints」名義でZINE出版を開始。写真と動画の撮影・編集も。最近の関心事は、アジア各国のカルチャー、映画、海外文学、批評、3DCG、AI。キャンプ好きが高じて、東京↔︎信州・上田で2拠点生活中。