フジロックは、唯一無二の夏フェスなんだ

夫と付き合いはじめてすぐの頃、初めてフジロックフェスティバルに参戦した。2014年7月のことだ。

最終日の終演後、人がほとんどいなくなった広大な会場で立ち尽くした。夏なのに空気が冷たくて、草と土の匂いがした。経験したことのないお祭りだった。どこまでも非日常だった。絶対に来年も来ようね、と夫の手を握った。

あれから、ちょうど10年。コロナ禍で中止になった2020年を除き、毎年会場を訪れることができている。フジロックは、我が家にとってお正月のようなものだ。1年を無事に過ごし、また苗場の地を踏めたことの喜びを噛みしめる。

出演アーティストの名前をほとんど知らなくても問題ない。遠くから聞こえてくる音に導かれるようにして歩き、飲み、食べて、自然の中で子どものように遊ぶ。今回は、さまざまな角度からフジロックの魅力を語り尽くしたい。

自然と音楽が、かけ合わされて

“フジロックフェスティバル”という名前から、富士山の近くで開催しているイメージを持たれる方もいるかもしれないが、富士天神山スキー場での開催は1997年の第1回のみ。暴風雨に見舞われたこの回は、もはや伝説だ。第2回は豊洲で、そして第3回以降は新潟県にある苗場スキー場での開催となった。

フジロックの特徴の一つは、広大な会場だ。大小合わせて、10以上のステージがある。公式によると、会場の端から端までの距離は約4kmにもなるという。

最も大きなステージは、“GREEN STAGE”だ。ヘッドライナーも演奏する開放的な野外ステージで、音響や舞台効果のクオリティにも驚かされる。ステージの近くで飛び跳ねてもよいし、後方で椅子に腰掛け、ゆったりと音に包まれるのも心地よい。最高の演奏をBGMに読書をするのが、私の楽しみのひとつだ。

GREEN STAGE後方では、のんびりとライブを楽しめる

近年、よく滞在するようになったステージは“RED MARQUEE”。広くはないが、その分、ステージと観客の一体感がある。また、深夜帯は朝5時まで、DJプレイで盛り上がれる。お酒を片手に身体を揺らし、眠くなるまで音楽を楽しむには、ここが一番。珍しく屋根のあるステージであるため、大雨が降ると会場のあちこちから人が集まってくる。

屋根はあるが、緑も見えて開放感があるRED MARQUEE

苗場の豊かな自然と音楽がシンクロしたとき、そのステージはいつまでも忘れられない思い出になる。たとえば、2018年に出演したサカナクション。GREEN STAGEの上空に広がる真っ赤な夕焼けに、ボーカル山口さんの歌声が吸い込まれていく。たとえば、2019年のSIAのステージ。ポンチョの内側まで濡れてしまうほどの豪雨の中、彼女の歌声が切なく響いた。

フジロックをフジロックたらしめているのは、美しく、ときに過酷な苗場の自然環境なのだ。

森の中の木道“ボードウォーク”は、ライトアップも美しく、涼が取れて癒やされる場所だ。ステージ間を移動する際に通るのだが、木々の間から漏れ聞こえる音楽に胸が弾む。

夜の会場ライトアップは必見

暑さの厳しい昼間には、会場内を流れる浅貝川に足を浸すのもよい。ライブのことも忘れて、つい川遊びに夢中になってしまう。子どもたちも楽しめるスポットだ。

暑い日には川遊び

キャンプ泊のすすめ

フジロックは金曜日から日曜日の3日間開催されるので、宿泊して参戦する人も多い。近隣にはホテルや民宿があるが、早めに予約を取らないと埋まってしまうようだ。

我が家は毎年、キャンプ泊をしている。苗場スキー場の広大な土地を活用して、来場者用のキャンプ場が開設されるのだ。

キャンプ場は広いが傾斜が多く、平らな場所や木陰は争奪戦

元々がスキー場であるため、傾斜も多く、設営場所を探すのには苦戦する。前夜祭が開催される木曜日からキャンプ場に入らないと、なかなかいい場所は取れない。その上、晴れた日は、朝8時頃にはテント内がサウナのような暑さになり、寝ていられない。一方で、豪雨によって一部のテントが水没してしまった年もあった。

木曜日に設営すれば、よい場所が取れる

そんな過酷さもあるキャンプ泊だが、だからこそ非日常感に満ちており、毎年の滞在がよい思い出になっている。朝5時まで続くRED MARQUEEの音に耳を澄ませながら、まどろむ夜は最高だ。目覚めたら、キャンプ場のふもとまで行き、アイスコーヒーを飲む。冷たさに全身が生き返る。

朝はビールよりもアイスコーヒーが飲みたくなる

キャンプをする場合の入浴事情にも触れておきたい。キャンプ場の入口近くには無料のシャワーがあり、また、隣の苗場プリンスホテルの温泉も利用できるが、朝はいつも大行列ができている。

我が家は、キャンプ場から歩いて30分ほどの“雪ささの湯”を利用することが多い。遠いだけあって、日曜の朝以外はそれほど混雑していない(時間にもよるが)。露天風呂が開放的で、お気に入りの温泉だ。暑い日はキャンプ場へ戻る途中で、もう汗だくになってしまうが、それでも毎年行きたくなる。

温泉への道中には、お土産屋さんもある

フェス飯という楽しみ

フジロックの楽しみのひとつはフェス飯だ。広い会場内には多数の飲食エリアがあり、毎年100近い店舗が出店しているという。

折り畳めるミニテーブルを持っていくと便利

会場をぐるっと見て回って、食べたいものの目星をつける。気に入ったメニューは、毎日食べに行く。10年も通っていると、自分なりの“おなじみの味”ができ、毎年それを食べずにはフジロックが始まらない。

苗場食堂のきりざいめしは外せない

人気店はかなり行列してしまう。あまり並ばずに“フェス飯はしご”がしたければ、木曜日の前夜祭から参加するのがおすすめだ。ほどよい混み具合であるため、“OASISエリア”でいろいろなメニューを試しながら、抽選会や打ち上げ花火、ライブなどを楽しめる。

前夜祭の花火に、毎年感動する

初参戦の方へ

出演アーティストのことを知らなくても、聴いたことのないジャンルであっても、とにかくあちこちのステージに足を運び、演奏を聴いてみてほしい。帰る頃には、追いかけたいアーティストがたくさん増えているはずだ。

環境はなかなか過酷なので、入念な準備が必要になる。昼は暑く、夜は寒い。熱中症対策と防寒対策が必要だ。会場ではスポーツドリンクも手に入るので、こまめに飲んでおきたい。また、どんなに晴れていても、ポンチョは持ち歩くこと。苗場の天気は急に変わるので、油断大敵だ。

熱中症の危険を感じたら、会場のあちこちにある木陰に逃げ込もう

フジロックの楽しみ方は、人それぞれだ。広大な会場の、どこでどのように時間を過ごすのか。その選択によって、一人ひとりにとってのフジロックの形はまったく違うものになる。そして、回を重ねるごとに、自分の楽しみ方も少しずつ変化していく。その変化を振り返るのもまた、楽しいものだ。

1年に1度しかない最高のお祭りを、フジロッカーとして思う存分楽しんでほしい。

ありがとう、また来年

東樹詩織

食や旅の領域でPR・ブランディングに携わる傍ら、執筆活動を行う。アートと本にのめり込み、「as human footprints」名義でZINE出版を開始。写真と動画の撮影・編集も。最近の関心事は、アジア各国のカルチャー、映画、海外文学、批評、3DCG、AI。キャンプ好きが高じて、東京↔︎信州・上田で2拠点生活中。