平成ギャル文字が書けなかった私は、令和の右肩上がり手書き文字に救われた

青空の写真に手書きタイトル

「私が書いたら、プリクラが台無しになっちゃう」

2000年代に女子高生だった私。当時の手書き文字は、『携帯ギャル文字』『ギャル文字』ブームだった。ノート、プリクラ、プロフィール帳…友だちが書く字は、それらを華やかに彩っていた。

けれども、私の字はちっともかわいくない。私が書いたら台無しになってしまうからと、プリクラの落書きを断っていたぐらいだ。

時は過ぎて2020年代、映画のポスターやパッケージデザインに書かれたフォントが手書き風であることに気づく。一定の傾向があり、『右肩上がり手書き文字』と呼ぶそうだ。私はこのフォントに見覚えがあった。

わたしのこと

  • 年齢:30代
  • 性別:女
  • 職業:ライター
  • ライフスタイル:誰かと同居、インドア派、リモートワーク/左利き、手書きが好き

“字がきれい”なのが誇りだった

小学校の授業のとき、お手本の文字を見ながら、美しい文字を書く練習をする書写の授業があっただろう。筆で書く毛筆、鉛筆やデスクペンで書く硬筆があったが、私は特に硬筆の授業が好きだった。

小さい頃から文字を書いたり、絵を描いたり、とにかく“かく”ことが好きだった私。カラーペンのカラフルな色合いを見るのはもちろん、鉛筆ならではの濃淡もたまらない。おそらく文具を使う、という行為そのものが楽しかったのだろう。

この楽しい時間が、学校の授業でもできる。お手本を見ながら文字を書き写すのは、至福の時間だ。でも、自身が左利きのため、手の動きの関係で線が右下がりになりやすい。意識して、右上がりに書くように心がけた。

好きが高じて、私の字は上達していく。書き初めの作品展に出展され、賞を取ったこともあった。「字がきれいだね」そう先生や友だちに言われるのが私の誇りである。しかし、中学生、高校生と進むにつれて、私と文字との楽しい関係は風向きが変わってきてしまう。

平成女子高生のたしなみ『ギャル文字』

SNSが発達していない2000年代、流行の発信元はテレビか雑誌だ。ティーン向けの雑誌を広げると、ファッションやメイクはもちろん、恋愛相談や学校生活などのライフスタイルなどの情報も載っている。その中に、“かわいい文字の書き方”があった。

当時は、『携帯ギャル文字』『ギャル文字』と呼ばれる、本来の楷書を崩した文字が流行っていた。携帯電話のメールを打つとき、半角文字や記号を組み合わせた暗号のような文字を作るのだ。手書き文字もその形を反映している。携帯電話のメールが先か、手書きが先かは諸説あるが、互いに影響を及ぼし合ったのは間違いない。
(参照:井原奈津子(2017).『美しい日本のくせ字』.パイインターナショナル,p152~p155)

友だち同士の手紙のやり取りや、フォーマットに従って書き込んでもらうプロフィール帳など、コミュニケーションに手書きが多かった時代、イケてる女子になるためには『ギャル文字』の習得は必須。憧れの歌姫やモデルも、みんなかわいい文字を書いている。

私も、ティーン向け雑誌をお手本に、『ギャル文字』を練習してみたが、一向に上手くならない。私がこれまで書いてきた文字が、身体に染み付いているのかもしれない。「まぁ、誰かに迷惑をかけるわけでもないし、私は私の文字を書けばいいか」と思うことにした。

しかし、ひとつ問題が発生してしまう。プリクラの落書き機能だ。

私の書いたプリクラはかわいくない

2人組の女子高生の平成プリクラ風画像
PHOTO by:イラストAC

写真シール印刷機、プリクラ(プリント倶楽部)は90年代に登場してから、いつの時代も女子高生の楽しみ。私も例に漏れず、ことあるごとにプリクラを撮っていた。令和の“ナチュラル”“抜け感”のあるプリクラとは違い、平成のプリクラはとにかく“盛れる”ことを重視している。
(参照:プリクラの歴史にみる“女の子”の生態。「かわいい」は暗号だった!?

カラフルな背景を選び、眩しいライトで肌を明るく見せ、カメラの前でポーズをキメる。画像加工で大きい瞳を作るのも欠かせない。仕上げに、スタンプやペンなどのツールを使って落書きするのだ。プリクラを盛るため、『ギャル文字』を駆使して書き込む。

ところが、私の書く文字は教科書のような楷書。全然盛れない。かわいくない。

手紙やプロフィール帳は自分だけが作るものなので、どんな字を書いたって問題ない。でも、プリクラは友だちと一緒に作るものなので、かわいくない字を書くと、友だちの足を引っ張ってしまう。

プリクラの落書きブースは2ヶ所ある。3人以上でプリクラを撮るときは、「私はいいや」と端に行き、なるべく落書きしないように心がけていた。2人でプリクラを撮るときは、仕方がないので、私も落書きに参加する。

完成したプリクラを見て「イマイチ盛れていない…」と勝手に落ち込む。女子高生だった私の苦々しい思い出だ。

コロナ禍でふたたび手書き文字と出会う

そして今、高校を卒業して20年以上経つらしい。年号も平成から令和に変わり、私は一児の母になった。時の流れの速さを感じる。

2020年、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い、お出かけを楽しむのが難しくなった。何か自宅で楽しめることはないか、と考える。そこで、育児中で手を付けていなかった文具をもう一度使ってみることにした。

独身のときに奮発して買った万年筆を引っ張り出し、ノートに思っていることを書き連ねる。普段、スマートフォンの通知に気を取られる時間が多いなか、文字を書くときは“今”に集中できて心地よい。

手書きで文字を書くようになってから、自分以外の人が書いた文字も目に留まるようになった。個人のSNSは参考になる。あえて手書きの文字を写真に撮ってSNSにアップする文化があり、個性のある字やこだわりの文具選びが見られておもしろい。

さらに手書きの文字にアンテナを立ててみる。すると、映画のポスターや商品パッケージに、手書きの文字や手書き風のフォントが採用されているではないか。

令和のエモさを表現『右肩上がり手書き文字』

男女2人組が夕日で語らっている画像に「右肩上がり手書き文字」の文字入れ
PHOTO by:土田凌

手書きの文字や手書き風のフォントは、右肩上がりに配置するなど、一定の条件でデザインされているものが多いようだ。明確な定義はないが『右肩上がり手書き文字』と呼ばれている。

呼び名の通り、右肩上がりでラフに書かれた文字は、心を揺さぶられるような気持ち、いわゆる“エモさ”を表現するのにぴったりらしい。
(参照:映画ポスターの「右肩上がり手書き文字」はなぜ流行っている? 作品の“エモさ”を引き出す理由を分析してみた

ふと、自分がノートに書き連ねた文字を見ると、『右肩上がり手書き文字』に近い字を書いていることに気が付いた。もちろん、デザイナーの方がポスターやパッケージを引き立たせるために工夫を凝らした文字とは、似て非なるものだろう。

でも、高校生の私が取り入れようとして挫折した、『ギャル文字』よりもよっぽど近い。高校生のときには好きになれなかった自分の字が、今ではエモい部類に入るのかもしれないと思うと、肩透かしを食らったような気分だ。

趣味で手書きのデザインを発信している方のSNSも覗いてみる。個性的な文字がのびのびとデザインされおり、見ていて清々しい気持ちになった。「自分らしい字を書いていいんだよ」と語りかけられているようで、なんだか救われた気持ちになる。

時代で字体の流行りも変わるから

確かに、学生時代は目の前の価値観が重要だと思ってしまう。私が高校生だったときは今ほど多様性がない時代だったのもあり、大多数から外れた自分の字を好きになれなかったのも無理はない。

それでも、女子高生だった自分に教えてあげたい。

「あなたの書いた字は、その時代には流行っていない文字かもしれない。でも、今流行っている文字は、どちらかといえばあなたの書いている字に近いよ。時代で字体の流行りも変わるんだから、そんなに頑なになる必要もないんじゃない?」

視野を広げたら、自分の個性を受け入れてもらえる場所があるのかもしれない。手書き文字に限ったことではなく、自分の個性を否定する必要はないのだと思わされたできごとだった。

プリクラにもっと落書きしておけばよかった。うっかり友だちとプリクラを見返したとき、「なんだかエモいね?」と笑い合えたかもしれない。

杉浦百香

ライター。女性向けや企業メディアのSEO・コラム・レビュー記事を執筆。なかでも、日用品を中心としたモノ系記事を多く担当している。左利きの文具好き。