報われない美青年って惹かれてしまう【わたしを作った少女まんがの話#3】

木原敏江さんって?

星のきらめくおっきい瞳。
すらりと長い手足に整った顔立ち。
背景に飛びまくるバラ。
涙せずにはいられない感動のストーリー。

一見すると“典型的な少女まんが”な作品のかずかず…でも作品世界に一歩踏み入れれば、その意外なほどの奥行きの深さとカオスに圧倒される。
そんなまんがを1970年代から現在まで描き続けている大御所の少女まんが家、それが木原敏江さんだ。

昭和の少女まんが沼にずぶずぶとハマっているわたしが、少女まんが好きになったきっかけの作品を紹介するこの連載。
今回はドジさまの愛称で親しまれる木原さんを取り上げたい。

略歴と作風


1969年に『こっち向いてママ!』でデビューしてから現在まで、少女まんがを描き続けている。代表作は旧制高校を舞台にした、初期BLの名作とも言われる『摩利と新吾』など。
直近の作品は平安時代が舞台の『白妖の娘』。

手掛けるジャンルは時代物から純ファンタジーまで幅広い。
自由な発想で現実と非現実を縦横無尽に駆け巡り、とことん泣かせにくるシリアス調と、設定をてんこ盛りにする作風を自在に操っているのが特徴だ。

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木原敏江さんの革新性

木原さんは、1970年代に少女まんがに革新をもたらした花の24年組のひとりに数えられている。

24年組とは、1970年代初頭に現れた、新感覚の女性まんが家たちの呼称だ。
彼女たちは学園ラブコメが席巻していた当時の少女まんがに、SFやファンタジー、性的マイノリティの概念などを取り込み、表現の幅を広げていった。
メンバーには他に、萩尾望都さんや竹宮惠子さんなどが挙げられる。

名称の由来は作家たちの生まれが昭和24年頃だからだが、メンバーはときと場合によって変動があり、明確な定義があるわけではない。とはいえ、同時代に先進的な少女まんがを手掛けた作家が多く出現したことは間違いない。

木原作品にありがちな、ドジでじゃじゃ馬な女の子と純粋でまっすぐな男の子の恋物語は、あらすじやきらきらした絵だけ見たら“ザ・少女まんが”に思われる。

でも、読んでみたら分かる。
彼女の作品はとてもステレオタイプに収まるようなモノではない!

作中にバンバン挿入されるギャグやSF、メタフィクション、BLなどの要素は、ときに脈絡も正当性もなく、作品に混沌をもたらしている。
時代考証や整合性を気にしたらダメ。その代わり、何が起こっても受け入れるマインドで臨めばとびきりのエンターテインメントになる。
そんなドジさまワールドが展開されているのだ。

読めば読むほど規格外。
それでいて正真正銘の少女まんがで、華やかな絵と涙を誘う展開に心をわしづかみにされる。

何といっても個性豊かなキャラクターがすてき

木原さんのまんがに欠かせないのが、個性的なキャラクターたちの存在だ。
いかに荒唐無稽なことが起ころうがすんなり受け入れられるのも、ストーリーにしっかり感情移入して泣いたり笑ったりできるのも、愛すべきキャラクターたちがいてこそなのだ。

スター・システム

木原敏江さんはスター・システムという表現手法を採用している。

これは、作家が同一の絵柄のキャラクターを複数の作品に登場させる手法で、キャラクターたちはあたかも俳優のように、さまざまな役を演じることになる。
“絵柄が描き分けられない”わけではなく、意図的に同じキャラクターを繰り返し起用するわけだ。
まんがで初めてスター・システムを導入したのは手塚治虫だと言われている。

木原作品において、俳優たちはしばしば本筋から脱線して読者に語りかけ、メタ的に状況説明をしたり、小ネタを披露したりする。

木原作品の名俳優たち

お決まりのキャラクターの例を挙げるとこんな感じだ。

まず、いわゆる美人ではないけれど、こぼれおちそうな瞳が可愛くて、芯の強いヒロイン。
それからヒロインやちょっとサド気質な青年の相手役になったり、ひとりで主役を張ったりするのが、素直でまっすぐ、おひさまみたいに眩しい美少年。彼らは高校生くらいならストレートロングヘアか黒髪短髪、もっと幼い場合はくるくる巻き毛のことが多い。

少年の相棒には、後述する“うるわしのフィリップ”タイプのお兄さん。
ヒロインのライバルには、美人で育ちもいいけれど高慢でワガママなお嬢さん。

こうしたキャラクターたちはさまざまな設定に応じて名前や見た目を変え、自分の役を演じている。

もちろんそれぞれのまんがは、独立した作品として充分楽しめる
一方で、作品の垣根を越えて、キャラクターの際立つ個性が共通しているので、同一人物が登場する作品を読み比べる楽しみもある。

中でも魅力的な、薄幸の美青年

並みいるキャラクターたちの中でわたしが特に好きなのは、ヒロインや主人公のそばにいながら、多くの場合思いが報われず悲しい結末を迎える薄幸の美青年たちだ。

とくに豊かな巻き毛にばさばさ睫毛のクールビューティー、うるわしのフィリップと呼ばれるキャラクターは、そうした運命を背負わされがちで、どのフィリップも素敵(作品によっては別の名前で登場するが、フィリップ的な顔・性格であればフィリップとされる)。

フィリップたちは大抵、幼少期に愛されなかったなどの理由で寂しさを抱えながら、それをおくびにも出さずに、主人公たちのよき理解者、おにいさん的存在として登場する。
彼らは非常に魅力的で、主役を食うほどの存在感を放つこともままあるが、基本的には脇役に徹し、純情なカップルの恋物語に花を添えている。

余談だが、うるわしのフィリップは性格も容貌も、これまたわたしの大好きなキャラクター、萩尾望都さんの作品にたびたび登場するオスカーに通じるところがあるように思う。
とかくこうした薄幸の美青年に惹かれがちなのだ。

萩尾望都さんについては次回あたり取り上げたいので、その際にまたオスカー話ができれば…。

わたしの好きな美青年たち

全員書き出すのは無理だけれど、わたしの好きな美青年たちを数名、その作品と共にご紹介する。気になる作品があったらぜひ読んでみてほしい。
※ネタバレあります、ご注意を!

『アンジェリク』のフィリップ

貴族なのにとってもじゃじゃ馬なアンジェリクと、足が悪く顔には大きな傷があるけれど豪胆で才気あふれるジョフレが、幾多の困難にみまわれながら愛を貫く、ドラマチックなラブストーリー。

フィリップは、アンジェリクのいとこ且つ初恋の相手として登場する。
お人形のような美貌を持ちながら、周囲に愛されることなく育ち、素直に自分の感情を表す術を知らなかった彼。
アンジェリクと関わることで心を育てていくも、自身の恋に気づく頃にはときすでに遅く…。
国王への忠誠心とアンジェリクへの愛のはざまで苦悩し、アンジェリクと恋敵のジョフレを救うために自らおとりとなって殺される運命を選ぶ。

ちなみにうるわしのフィリップの名前の由来は、『アンジェリク』の原作小説に登場するプレシ・べリエールのフィリップである。
ただし、この作品以前に木原さんは多数のフィリップを描いており、「うるわしのフィリップ」の元祖が『アンジェリク』のフィリップというわけではない。むしろ、誇り高く哀れなこのフィリップが、数多のフィリップたちの集大成とも言える。

『あーらわが殿!』の摩利

長編『摩利と新吾』の前身となった作品。

共学という制度が存在しなかった時代。共学制度を始めるにあたって、実験的に同じ学舎で学ぶことになった男子校・女子高の生徒たち。
年若い男女が出会ってしまったら、恋の花が咲かぬわけがない。

というわけで、うぶな新吾は、年上の綺麗なお姉さんに初めての恋をする。
しかし恋破れ、その後いつもそばで支えてくれていたみちるの存在に気付き、自分の本当の気持ちを自覚することになる。

摩利はそんな一部始終を見ている、新吾の親友だ。
プレイボーイでクールな和製フィリップ・摩利は、新吾に対して友情以上の感情を抱きつつも、告げることのかなわない思いに煩悶する。

おとなびて冷静に見える彼の内に渦巻く複雑な思いが、新吾の純愛以上に心に残るのはわたしだけではないと思う。

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『愛しき言つくしてよ』のインゼル・虹比古

父と自分を捨て、双子の片割れだけを連れて行った母を憎んで憎んで、でも憎み切れなくて、日舞にゆかりのある母たちと少しでも接点のあるものをとバレエをやっているインゼル・虹比古。

彼は母たちに復讐してやろうとやって来た日本で激しい恋をして、心を支配していた恨みから少しずつ解放されていく。
もしかしたらこのまま和解して皆で幸せに暮らせるかもしれない…そんな矢先に、彼はまたしても悲劇にみまわれてしまう。

ラストシーン、日舞とバレエを合わせた彼ならではの踊りに思いを託し、短くも激しく燃え上がる命のさまが美しい。
自分の感情に正直で子どもっぽい彼は、フィリップタイプではなく主人公タイプだけれど、母の愛を求める寂しい心はフィリップ同様、同情を禁じ得ない。

木原作品のススメ

思いっきり心を揺さぶられて泣きたいとき。
空想にどっぷり浸かりたいとき。
頭を柔らかくしたいとき。
木原敏江さんのまんがは、さまざまなシチュエーションに寄り添ってくれる。

絵柄や文字の多さにとっつきにくさを感じることもあるかもしれないが、読み始めればおもしろいこと間違いなし。
昔読んだことがあるという方はもちろん、木原敏江さんを初めて知ったという方も、この機にぜひ!

逆盥水尾

さかたらいみおと読みます。昭和の少女漫画が好きで、最近はもっぱら漫画を読みふけりながら普及活動をする日々です。