子どもの頃、母はよく絵本を読んでくれた。家の本棚には、色とりどりの背表紙が並んでいた。
息子が生まれ、手に取ったのはそんな懐かしい絵本たち。私は、聞き手から読み手になった。
子育ての日々は、絵本たちとの再会の日々でもある。思い出が詰まった絵本を開くと、母の膝の上に座っていたあの日々に帰ったような、不思議な感覚に包まれる。
読み聞かせの意味とは

今年、東北大などの研究チームが、「絵本の読み聞かせは、運動能力や社会性も含めた幼児の心身の発達全般によい影響を与える」という研究結果を発表した。
読み聞かせの“効用”に言及する育児書も多い。大抵、「子どもにとって非常に有用」ということが書かれていて、さながら万能薬のようだ。知育の一環として、一日の読み聞かせ回数をノルマとして定めている保護者もいると聞く。
読み聞かせの時間を多く取ることには大賛成だ。けれど、絵本を読むことがタスクのようになってしまうと、なんだかつまらない気がする。だから、私はあくまでも“遊び”として絵本を手に取りたいと思っている。
最近、息子は自分でページをめくりたがる。文章を読んでいる途中でも、どんどん次のページに進んでしまう。それならそれでいい。彼の開いたページを読み、指差したものの名前をひとつひとつ教える。
完璧に読み聞かせをする必要なんてない。絵本は、私と息子とのコミュニケーションを盛り上げてくれるもの、ぐらいの位置付けでいい。読み聞かせの時間が息子にとって楽しい時間になり、私の膝の上が息子にとって落ち着く場所になれば、それ以上の幸せはない。
絵本との再会

図書館に行く度に、絵本を5冊借りている。選び方はさまざまだけれど、息子の生活に合わせて絵本を探すことも多い。離乳食を始めたときはごはんの絵本を選んだり、歯磨きを始めたときは歯ブラシの絵本を選んだり。
パッと目に留まるのは、かつて家にあり、母がよく読み聞かせてくれた絵本だ。息子にはまだ早いだろう、と思う長めの絵本も、自分が読みたくてつい借りてしまう。
たとえば、最近借りたのは、にしまきかやこさんの『わたしのワンピース』。うさぎさんがお散歩をしていると、着ているワンピースの柄がどんどん変わっていく。お花畑を通ればお花柄に、雨の中を歩くと雨粒の柄に。そんなかわいらしい絵本だ。
実は、私はこの絵本があまり好きではなかった。ただ歩いているだけで、うさぎさんの意思とは関係なしに柄が変わり続けてしまう。それがなんだか可哀想に思えて、母に読んでもらう度に少し悲しい気持ちになっていた。息子に読み聞かせをしながら、ずっと忘れていたそのことを、ふと思い出した。
かつて、大好きだった絵本とも再会した。わかやまけんさんの『しろくまちゃんのほっとけーき』だ。ホットケーキを作る工程の絵と、「ぽたあん」「ぷつぷつ」「ふくふく」といったオノマトペが特にお気に入りだった。実際に焼くところを見てみたくて、母にホットケーキを焼いてほしいとねだったことを覚えている。
怖い絵本

そうやって絵本の記憶を掘り起こしていると、「怖い」という感情に紐づいた絵本ばかりが不思議と思い出される。怖いから好きだった絵本も、怖いから苦手だった絵本も、両方が強く印象に残っている。
お気に入りだったのは、ルース・ブラウンの『くらーいくらいおはなし』。くらーいくらい森の中にある、くらーいくらい洋館を探索する絵本だ。不気味さにハラハラしながらページをめくっていき、ラストのコミカルな「ねずみがいっぴき!!」というページで思わず笑ってしまう。繰り返し読んだ大好きな絵本で、言葉や絵がもう身体に染み込んでいる感覚がある。息子にも読んであげたいと思って調べたけれど、もう絶版になっていた。
他にも、怖いページがあって印象に残っている絵本は多い。林明子さんの「はじめてのキャンプ」、長谷川摂子さん(作)・ふりやななさん(画)の「めっきらもっきら どおん どん」、ふるたたるひさん・たばたせいいちさんの「おしいれのぼうけん」、モーリス・センダックの「かいじゅうたちのいるところ」など。絵や展開が当時の自分にとっては怖くて、「いやだなあ」という気持ちもあったはずなのに、何度も何度も読んだ。今思うと、なんだか不思議だ。
怖いけれど先が気になる、という気持ち。それはむくむくと育って、小学生になると「本当にあった怖い話」のような本を学校の図書室で読み漁るようになった。そして、中学生以降は、ミステリー小説の大ファンになった。きっかけは、貪るように読んだ“怖い絵本”だったのかもしれない。
繰り返し読む

今でも印象に残っている、絵本の中の言葉がある。
たとえば、アーノルド・ローベルの『ふくろうくん』に出てくる「くたくたのくたさ」というフレーズ。疲れ切ったふくろうくんの言葉なのだけれど、当時やけに気に入ってしまい、何度も何度も口にしていたことを覚えている。
そういった絵本の言葉は、母の声で繰り返し読み聞かせをしてもらっていたからこそ、記憶に刻み込まれている気がする。同じ文章を何十回も音で聞き、そのリズムを身体で覚えていく。
だから、自分が読み聞かせをするときも、“同じ絵本を何度も読む”ということを大切にしている。そうすると、反応の変化を通じて息子の成長を感じることもできて面白い。
生まれて間もない頃から読み始めた、松谷みよ子さん(ぶん)、瀬川康男さん(え)の「いないいないばあ」。最初は無表情でページをぼんやり見つめているだけだったけれど、読み聞かせを続けているうちに、「ばあ」のタイミングでキャッキャと笑ってくれるようになった。最近は、動物たちの絵を指差すこともある。
息子が喋れるようになったら、また違った反応を見せてくれるのだろうか。今から楽しみだ。
おわりに
絵本の思い出と、そこに紐づく感情を、読み聞かせを通して子どもにそっと手渡す。そんな気持ちで今、読み聞かせをしている。
息子が大人になったとき、図書館や書店でふと目にする絵本の表紙が、私と過ごした日々の記憶を呼び起こしてくれたら、それほど嬉しいことはない。そしてその記憶が、息子をやさしく抱きしめてくれるような、あたたかなものであるといい。
だから、私は今、目の前の息子にだけではなく、未来の息子に向けても絵本を読み聞かせている。



