日本国内に、何軒の書店があるかご存知だろうか。出版科学研究所によると、2022年時点で、その数は約11,500軒だという。これを多いと感じる人も少ないと感じる人もいるだろうが、確かなのは、書店数が長年減少傾向にあるということだ。
書店を取り巻く状況は厳しいが、そのような中でもユニークな取り組みを続け、ファンを獲得している店舗は全国各地にある。特に「独立系書店」と呼ばれる、主に個人が経営する小さな書店は、個性的な選書や雰囲気のある店舗デザインで人気を博している。
かくいう私も、独立系書店の魅力に取りつかれたひとりだ。自宅がある都内はもちろん、旅先でもまずは書店を探してしまう。小さな書店めぐりを続けるうちに、家に続々と本が増え、本棚まで増えた。
今回は、本との思いがけない出会いをくれる、小さな書店の魅力をお伝えしたい。
本に呼ばれる場所
本に囲まれた空間が好きだ。大型書店も、独立系書店も、図書館も。しんとした部屋で紙やインクの匂いに包まれると、背筋が伸びるような、それでいて心からくつろげるような不思議な感覚を覚える。
私の場合、大型書店には何か目的を持って訪れることが多い。たとえば、「京極夏彦さんの新刊が出たから買いに行こう」といったように。
ショッピングモールや駅構内の書店にふらりと立ち寄る場合でも、見るコーナーは何となく決まっている。小説やビジネス書の新刊、そして雑誌ぐらいだ。
一方、独立系書店では、端から端まですべての本棚を見て歩く。美術書、人文書、文芸書など、私の関心に沿う書籍の品揃えが充実していて、見ているだけで心が踊る。大概が小さな空間なので、題名を一通り眺めるのは難しいことではない。
お気に入りの本が置いてある書店に出会えると嬉しい。「この本を置くぐらいだから、きっと私好みの選書になっているのだろう」と確信したが最後、あれもこれもほしくなり、本の山をレジに持っていくはめになる。
そんな書店では、これまでさほど興味がなかった分野の本を手に取ってみたりもする。耳を澄まして、私の世界を広げてくれそうな本を探り当てる。さながら、本に呼ばれているかのようだ。
「ZINE(ジン)」と呼ばれる、個人が自由につくった冊子を置いている店舗が多いのも、独立系書店の特徴だ。ZINEとの出会いは、私にとって衝撃的な出来事だった。このことについては後述したい。
旅と書店
旅先での書店探しは簡単だ。訪れた街でGoogle Mapを開き、「書店」と検索するだけ。うまく見つけられない場合は、地名と「独立系書店」をキーワードにGoogle検索をすることもある。
これまで、全国各地の小さな書店を訪れてきたが、特に印象に残っている店舗をいくつか紹介したい。
新潟県三条市『SANJO PUBLISHING』
新潟から信州へのドライブの途中に立ち寄った書店。新書と古書の取り扱いがある。
ちょうど『ZINEフェア』をやっていて、さまざまなZINEを手に取ることができた。創作意欲を掻き立てられ、『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』などを購入した。
お店の方は「ZINEができたらぜひ持ってきてくださいね」と声をかけてくださった。絶対につくるぞ、と心に決めた。
長野県松本市『栞日(しおりび)』『本・中川』
松本には、人気の小さな書店がいくつかある。『栞日』の1階はカフェで、パンの販売もある。階段を上がると、カフェスペースをぐるりと本棚が取り囲んでいる。大型書店ではなかなか出会えない雑誌や、ZINEの取り扱いが多い。ベトナム現代写真が載った『Imaging Rhizome』などを購入。
『本・中川』は、住宅街の中にひっそりと佇んでいる。靴を脱いで入り、くつろいだ気持ちで本を探す。店舗の奥には広々としたギャラリースペースもある。ひっきりなしにお客さんが訪れており、常連さんに愛されている書店であることが感じられた。
京都府京都市『恵文社 一乗寺店』
独立系書店、と聞くと小さなスペースを想起しがちだが、ここ『恵文社 一乗寺店』は驚くほど広い。本の並べ方が美しく、いつまでもこの空間にいたい、むしろ暮らしたい、とまで思ってしまう。
取り扱いジャンルは幅広いが、特に、人文書のボリュームには圧倒される。こんな書店が近所にあったら、日々が潤うこと間違いなしだ。
台湾(台南市)『Ubuntu 烏邦圖書店 環河店』
海外旅行に行くと、その国の言語で本を読むことができないのにも関わらず、つい書店をめぐってしまう。台湾といえば『誠品書店』が有名だが、独立系書店も数多くある。『島讀臺灣』という、独立系書店を紹介するガイドブックが出版されているほどだ(読めないが購入した)。
『Ubuntu 烏邦圖書店 環河店』は、台南で訪れた書店だ。木々に囲まれた白い建物が美しく、ふらりと立ち寄った。座って本を楽しめるスペースもあり、時間が許せば1日中ここで過ごしたいほどだった。
ZINEとの出会い
小さな書店めぐりの過程で、ZINEに出会ってしまった。どこまでも自由な印刷物の世界に。
書店で気になる本を見つけたとき、「本棚に並べて何度も読み返す本にはならなそうだから、これはKindleストアで買おう」という判断をしてしまうことがある。私の場合、エンタメ小説などはKindleで読むことが多い。
ところが、ZINEはKindleでは読めないことがほとんどだ。基本的に少部数しか発行されず、見つけた場所で買わなければ、もう二度と出会えないかもしれない。
一期一会だと思うと、購買欲が湧く。気づけば、各地の独立系書店でZINEを集めるまでになっていた。制作者が出展するZINEの販売イベントや、ZINE専門のショップにも足繁く通うようになった。
一般的な出版物とは違い、個人が出版社を介さずに制作しているので、プロによってクオリティが担保されているわけではない。しかし、そんなことは問題にならない。内容も装丁もつくり手の熱量で満ちていて、今にもはち切れんばかりだ。その自由な創作のエネルギーは、ゼロ年代のインターネットを思い起こさせる。
こんなにのびのびと、自分の好きなものをつくって売ってもいいんだ。それは、私にとってエポックメイキングな発見だった。
Amazonでいつでもどこでも書籍を買える今、書店の減少は避けられないことかもしれない。書店が好きと言っている私ですら、Kindleストアを開いてしまうのだから。
ただ、独立系書店とZINEの掛け合わせには可能性を感じる。ビジネス的には薄利かもしれないが、書店の想いとZINE制作者の想いが渾然一体となり、「ここにしかない」文化をつくり出しているように思う。
それは、「この書店で買って帰ろう」を後押しする力強いエネルギーである。今後、ZINEをフックに、独立系書店がさらに盛り上がっていくことを期待したい。
書店でZINEに魅せられて、とうとう私もZINEをつくり始めた。そのことについては、また別の機会に書こうと思う。
2024年3月5日には、経済産業省が『書店振興プロジェクトチーム』を設置した。街の書店が減少しているという課題を受け、支援策を検討していくという。
文化をつくる拠点として、小さな書店が今以上にスポットを浴びる日が待ち遠しい。