出発3日前に決めた旅が、新しい扉を開けるきっかけに
「わぁぁ、この景色最高ですね!今まで見たなかでいちばんきれいです!」
目の前に広がる一面の青色。はるか遠くまで続く青は、水平線で空の青と繋がっている。
ワクワクする気持ちを誰かと共有したくて、隣にいた見知らぬおじさまに話しかけてしまった。おじさまはびっくりしただろうに、「本当にきれいですよね」と優しく答えてくれた。
この海の色を何色と言えばいいのだろう。エメラルドグリーン?ターコイズブルー?どの色名もしっくりこないくらい、ただただ青く透き通っている。まるで海そのものがキラキラと発光しているみたい。海の色は、島の名前にちなんで「黒島ブルー」という名がついていた。
干潮のときは、サンゴ礁沿いに歩いて沖まで行ける。
海に入らなくても、足元には青い小さな魚や金魚に似た赤い魚が泳いでいる。そろそろ海に入ろうか?いやでもまだ奥はもっと素敵な場所があるかもしれない。今すぐ海に飛び込みたい気持ちをこらえ、ここだ!と思った場所から海に入る。
海の中は外から見た青よりさらに透き通っていた。青のグラデーションの中を、魚とともに泳いで行く。サンゴ礁を歩いているときには見かけなかったチョウチョウウオや、ムラサメモンガラが泳いでいる。
私が黒島を初めて訪れたのは2012年7月。当時、人間関係に疲れきっていた私は、とにかく人がいない場所を求めていた。そしてきれいな海を見てのんびりしたかった。
海と離島に詳しい先輩に「それなら黒島がいいよ」と言われて、出発3日前に強行突破で決めた旅だった。まさかそれが、新しい扉を開けるきっかけになるとは、当時はまったく想像していなかった。
黒島の過ごし方
黒島は八重山諸島にあるハート型の小さな島だ。人口約220人に対して、牛の数は約3,000頭。確かに歩いている人より牛の数の方が圧倒的に多い。信号もコンビニもない。島全体がゆったりとしている。
黒島の滞在時間は一日。午前中は黒島でいちばん有名な仲本海岸で泳ぐ。仲本海岸を見た私の感想が、冒頭のものだ。これほどまでに青く透き通る海を私は人生で一度も見たことがなかった。
午後は自転車で散策。平坦な道なので気軽に一周できる。
散策コースは以下の通り。
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黒島研究所に行く
牛を見る
灯台に行く
牛を見る
別の集落に行く
暑さのあまり、休憩がてら八重山そばを食べる
島で唯一の商店に行く
暑さに耐えられず、アイスを衝動買い
牛を見る
展望台に行く
牛を見る
伊古浅橋に行く
終了
※牛の回数が多いのはあちらこちらにいるため
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自転車をこいでいる途中、大きな石が道に落ちていて、急ブレーキをかけた。よく見ると石ではなく大きなやどかりだった。ゆっくりと道を横断している。その様子をぼんやり眺めながら、やどかりがゆったりと歩けるくらい、人通りが少ないのだなと改めて思う。
その後2017年8月に再度黒島を訪れたが、良い意味で変わっていなかった。驚くほど、私自身の行動パターンも変わらなかった。ただ、島時間をもっと満喫したくて、宿泊することにした。それ以降、毎年夏になれば、黒島に通っている。
黒島の楽しみ方
私の独断と偏見で、黒島の楽しみ方を紹介したい。
初級編:海
仲本海岸で泳ぐだけで、珊瑚や色とりどりの魚を見ることができる。潮が引くと天然のプールになるため、干潮時をねらうのがおすすめ。シュノーケリングセットがあると、より楽しめる。
※ただし外側のサンゴ礁の切れ目は潮の流れが早いので、ライフジャケットを着て泳ぐことは必須。監視員もいないため、注意が必要
泳ぐ以外にもSUPやダイビングも思う存分楽しめる。ショップのツアーに参加して、船でさまざまなポイントに連れて行ってもらうのもおすすめ。アクティビティに参加しなくても、ただぼーっと海を見ているだけでも十分癒されるのだけど。
中級編:サイクリング
風を感じながら自転車をこぐ。南国の花や果実を見たり、山羊に出会ったり、大きな木の下で休憩したり。自分なりのお気に入りスポットを探すのもおすすめ。ゆったりした島時間を楽しめる。
上級編:ゆんたく(沖縄の方言で「おしゃべり」の意)
街の明かりが少ないおかげで、夜は星空が綺麗に見える。夕食後に宿泊者が縁側に集まってゆんたくをする。お酒を飲む人は飲みながら語らう。見知らぬ人同士が仲良くなれるのは、ゆんたくの醍醐味だ。
参加するもしないも自由なので、ひとり時間を満喫したい人は参加しなくてもいいのがまた、ゆんたくのいいところ。
番外編:何もしない贅沢を味わう
風を感じる、鳥の鳴き声や波の音に耳を澄ます、深呼吸するなど、視覚以外の五感をフル活用。
おすすめは夕陽が沈むのを見ること。日々の雑用に追われていると、地平線に沈む夕陽をただずっと眺めるだけの時間を取れないことが多い。普段は気にもとめていないけれど、「毎日、陽が上って沈んでいる」いう当たり前のことを実感できる。
黒島を選ぶ理由
沖縄の離島・14島を旅した私が黒島を選ぶ理由を3つ挙げたい。
1.海のきれいさ
これは前述の通りで、もはや言うまでもない。泳がなくても、船着場や橋の上からでも魚を見ることができる。運が良ければウミガメにも遭遇できる。
2.人が多くない
観光客や海のレジャーを楽しむ人もいるが、他の島に比べると人は少ない。人が多いと疲れてしまう私のようなタイプの方にはぴったりだと思う。
3.のんびりできる
小さな島なので、観光名所がそれほど多くない。どれだけ名所を訪れるかを気にしなくてもいいから、マイペースで散策できる。スマートフォンもほとんど見ず、テレビも見ない。情報の少なさが心地よい。最終的には潮の満ち引きの時間だけが気になる日々になる。しかし、それだけで充分なのだとわかる。いかに毎日、不要な情報に流されているかが離れてみるとよくわかる。
黒島に通い続けて気付いたこと
黒島に通っていて気付いたことがある。八重山諸島を旅するのに、石垣島でもなく、西表島でもなく、あえて黒島を選ぶ人たちは感性が似ている気がするのだ。特にリピーターに関してはその傾向が強いように感じる。
知り合った人が「大きな島は行くところが多いし、人も多いから疲れるんだよね。黒島は良い意味で選択肢が少ないのが良いよね」と言っていて「私も同感です!」と前のめりに食いついた。
- 毎年同じことをしていても飽きない
- 多くの場所に行くことよりも、同じ場所に行って新しい発見をすることが楽しいと思える
- 同じ場所に行くことで帰ってきた安心感を感じる
- 何もしない贅沢を味わいにくる
そんな人々が集まっているように思える。
「きょうは何をしますか?」「そうですね、午前中はぼーっとして、午後は海にでも行こうかな。一緒にどうですか?」「ぜひご一緒させてください」と行動を共にすることもかなりある。
そしてもうひとつ。仲良くなっても、相手の素性は聞かないようにしている。もしかしたら、会社で地位がある方かもしれない。日常ではとうてい出会えないような有名な方かもしれない。でも旅で会えば、地位も名誉も関係なくフラットな関係だ。
「実はヤシガニを見つけたんですよ」と笑顔で報告してくれる、気のいいおじさま。
「浜でビールを飲むだけです。泳ぎません。それがやりたくて黒島に来ました」と熱く語ってくれる女性。
それぞれの楽しみ方を見つけている。とても豊かな時間の過ごし方だなと思う。
そして私は今年も黒島に行く。「今年も会いましたね」と言い、そして連絡先は交換しない。また来年も会える気がするから。
新しい場所に行くことや映える場所を訪れることも素敵なことだ。でもそれ以外の旅の楽しみ方ももちろんある。
もうひとつの故郷を見つけるように、旅をする。そんな旅の仕方があってもいい。