京都移住を決めたのは、自分の空白を大切にしたいから。

撮影:はしもとかほ

10月後半から京都に移住することになった。移住するきっかけは、京都の会社に転職をすることになったからだ。大きな理由はそうなのだけど、私の中でもうひとつ理由がある。それは、空白を大切にしたいと思ったから。

私がどのように住む場所や家を探し、新しい暮らしを始めようとしているのかについて、考えを巡らせてみることにした。

しんどくて時間がもったいないと言われた、2時間弱の通学・通勤時間

私はこれまで、通学では約2時間、通勤では約1時間45分と移動に時間を使ってきた。自分ではそんなに大変なことではないと感じていたけれど、周りからはすごいと褒めてもらったりもした。どちらかというと体力に自信はあるほうだったので、それもあってこの通学・通勤ができていたのかもしれない。

一方で、時間もったいなくない?と言われたり、絶対ひとり暮らしするべきでしょ、とも言われた。ごもっとも。本当にそうだよね、と返事をしながら、でもこの通学・通勤時間、嫌いじゃないんだよな、と思っていた。

もちろん通勤のときは、とくに仕事が忙しくなるにつれ、帰るのが遅いのに朝が早いこともあり、身体に疲労がたまり、それがなかなか抜けなくて、しんどいと感じることもあった。けれども、この移動時間がそんなに苦ではなくて好きだった。それは支えてくれる家族のサポートがあったからできたことなので、家族には感謝しているし、家事が全然できなくてごめんなさい、と謝りたい。

通勤時間は、自分に集中できる時間だった。本を読んだり、考えごとをしたり、気持ちやタスクを整理したり、ぼーっと窓の外を眺めたり。満員電車は苦手だったけれど、電車というのは、たまたま一緒に乗り合わせた乗客同士、適度な距離感があって、それぞれが目指す目的地がある。その絶妙な人との距離感や空気感が心地よくて、自分の時間にすっと入り込むことができた。

それなのに、私は長い通勤時間を卒業してしまう。今度は20分ぐらいで通える。うれしい反面、少しさみしい気もする。けれども、ずっと憧れのあった京都。自分のしたかった仕事であり、まったく新しい仕事がはじまる。だからこそ万全な状態で仕事に取り組みたい。仕事自体が京都に結び付いたものになるので、京都をもっと知りたい。30年間実家を出たことがない自分。自分なりに暮らしというものをきちんとしてみたい。いろんな思いがつもりつもって、移住することに決めた。

理想の家と理想の住む場所を並列させる難しさ

平安神宮

京都市には11の区があるのだけれど、職場は真ん中下あたりの「中京区」に位置する。京都在住の方に住む場所についてアドバイスを求めると、職場に自転車で通いやすい左京区がおすすめと言ってもらったり、商店街が近くにある堀川三条あたりが暮らしやすいのでは?といったアドバイスをもらったり。

それらを参考に、住まいの候補として、中京区と職場からそう遠くない左京区があがった。中京区は、烏丸御池や四条河原町といった商業施設やオフィス街が立ち並び、賑わいのあるエリア。京都が好きでよく行くのだが、いつ行っても活気があって、毎度人の多さにびっくりする。また世界遺産の二条城があり、歴史の香りも感じられ、京都の中でも中心地として存在感がある。

左京区は、銀閣寺や平安神宮など観光名所も多いが、そこから離れると閑静な家々があって静かで暮らしやすい印象。京都の大学に通っていたので、大学時代になじみがあったエリアでもあり、学生の街といったイメージもあって、いいなと思った。

理想の住まいのイメージは、レトロアパートみたいなのにも憧れたし、コンクリート打ちっぱなしの壁のある家にも一度住んでみたいと思っていた。木の香りを感じるような新築物件も魅力的ではあるが、ある程度のきれいさを保てたら、築年数が浅めに大してこだわらなかった。それに少し変わった間取りを見つけると興奮してしまう質であることもわかった。なので利便性よりも、本当に気にいった場所、家に住みたいと思っていた。

ところが、はじめての家探し。理想を兼ね備えることの難しさを知る。静かな落ち着いた暮らしかつ、希望の内装を求めて探すと、職場から場所がどんどん離れていった。通勤2時間経験者なのでなんてことはないはずのだが、最寄りはバスしかなくて家からバス停まで徒歩20分以上。これは少し不便だと思ってしまった。そんな自分が情けない…。

レトロアパートもとても好みのものを見つけたのだけど、それにしては家賃もろもろ高かったので予算的に厳しく、安全面のことも少し気になり、また次の家を探すことになったときの楽しみに残しておこうと思った。

一方で自分が、内装へのこだわりが強いことを改めて感じた。正方形の間取りではなく、できたら長方形がいい。9畳は欲しい。キッチンは玄関口近くにあるのではなく、オープンキッチンみたいな感じがいい。先ほどもあげたコンクリート打ちっぱなしの壁。それでいて住む場所はあまり賑わいすぎず、でも不便すぎず、落ち着いた場所がいい。

下町っぽい空気が自分に合った

建仁寺の庭を眺めていると心が穏やかになるので京都に行く際はよく足を運んだ

粘りに粘った結果、ちょうどいい塩梅の住まいを見つけることができた。一応、中京区に位置するのだけど、中心部よりは少し外れているので、利便性はありながらも落ち着いていて静かな雰囲気があった。

そして、なんだか下町っぽい空気が漂っているのだ。それが自分に心地よくて、合っている気がした。周辺には飲み屋さんなども多くあるようだけど、一本内に入るので、ざわざわした感じもなさそうだ。オープンキッチンは叶わなかったが、長方形の間取りで、壁はコンクリート打ちっぱなし。

最終的にはまだ退去されていない部屋だったので、内覧ができないまま決めたが、部屋の解放感にも惹かれた。部屋にドアが一切ないのだ。ワンルームのような広々とした間取りも、物件を選ぶ決め手の後押しとなった。

最初は、2時間通勤に打ち勝ったのだから、利便性なんて後回しと思っていたけれど、なんたってはじめてのひとり暮らしで、無理は禁物だと感じた。妥協することなく理想をすべて詰め込んだ家にも憧れるけれど、まずは理想の住まいに向けてのファーストステップを踏んでいけばいいのではないかと思った。今の自分に無理がなく、心地よい加減を探し見つけた住まい。住むのはこれからだけど、とても気に入っている。

空白を大切にする

京都にある、私が好きな両足院ではさまざまなアートイベントが開催されていて、それがいつも楽しみだった

退職すると伝えたときに、職場でお世話になったある人に言われた言葉がある。

「ここでの縁はこれでおーわり!元気に頑張るんやで。」

その人は人生経験豊富のユーモアのある人で、思ったことはスパッという、とても気持ちいい人だった。そう言われた私はちょっとさみしくなって、「そんなこと言わないでくださいよ…!」とすがるように返した。そうしたら、ここでの縁が終わるから、また次の縁がやってくる、というようなことをその人は言った。

たしかにそうだなと思った。何かが終わることで新しいものがやってくる。私は10月からすべてがまっさらだ。新しい土地、人、仕事、家、暮らし。まっさらな状態になることに不安もあるけれど、どこか清々しい気持ちもする。

空白である今を、大切にしたい、と思った。

空白はぽっかりとさみしく空いた穴ではなく、何でも思うままに取り込むことができる自由なスペースだ。移住することも、私の空白を新しい色に染めてくれるひとつの重要なパーツだと思う。今まで実家暮らしで、どこか生活力のない自分に自信が持てなかったけれど、自分の理想の暮らしを思い描き、日々を、生活を、丁寧に過ごしていきたい。

1年経ったときに、その空白がどんなもので彩られ埋め尽くされているのか、今からとても楽しみだ。とはいえ、まずは引っ越しの準備をはじめなければ…と焦る日々である。

はしもとかほ

「誰かの人生のものがたりを紡ぎたい」をテーマに、インタビューライターとして活動中。趣味は京都散策、読書、写真、食、アートに触れること。いつか書評を書くのが夢。