車が、私たちの翼になった

2020年8月8日――コロナ禍。
我が家に車を迎えた。私と夫と愛犬の、小さな秘密基地だ。

車を手に入れて、行動範囲はぐっと広くなった。結果、日本を狭く感じるようにもなった。

遠出をするにしても、「旅に出るぞ」と身構えることはあまりない。日常の移動の延長で、日本中どこへでも行ける。

利便性が向上するということだけが、車を持つことのメリットではない。車は、私たちの暮らしにロマンをもたらしてくれたのだ。

コロナ禍で車を買った

もし、新型コロナウイルスの感染が拡大しなかったら、車を購入していなかったかもしれない。

コロナ禍でキャンプブームが到来し、我が家でもキャンプ熱が高まった。外食するという楽しみがほぼなくなり、友人ともなかなか会いにくい。家族だけで、オープンな空間でリフレッシュするには、キャンプがぴったりだったのだ。

キャンプをするにあたって面倒なのが、レンタカーの予約と、道具の積み下ろしだ。前日や当日に、突然キャンプに出かけたくなることがあるが、そんなとき乗用車は大抵予約が埋まっている。乗り心地がいいとは言えないワンボックスカーに揺られながらキャンプ場へ向かうことも多かった。当時は持ち運ぶ道具の量も多く、積み下ろしだけで数時間かかった。

マイカーがあれば、行きたいときにすぐにキャンプに行くことができる。そんな自由を手に入れたいね、ということで、夫と意見が一致した。

そもそも、私は車が好きだった。大学生になるまで、父親は毎週末、家族を乗せていろいろな場所へ連れていってくれた。CDを聴きながら、心地よい振動に身をまかせる時間。窓の外を流れる風景。都心にはない草や土の匂い。

あの日々を、もう一度取り戻せると思うと、胸が高鳴った。

憧れのラングラーを体験

「どの車を買うか」については、悩む余地がなかった。私には、昔から憧れていた車がある。それが、Jeepのラングラーだ。

街を歩いていると、ゴツいSUVをつい目で追ってしまう。その中でもラングラーは、特に気に入っている車だった。巨大な車体と、かわいらしい顔のギャップがたまらない。

住んでいるマンションの前に、時々黒のラングラーが停まっていて、中には金髪の美しいお姉さんが座っていた。私もいつか、あんな風にラングラーに乗れたら、と密かに憧れていたのだった。

「Jeepで試乗をしようよ」と夫に言ってみたところ、二つ返事でOKをもらえた。

試乗したのは、青いラングラーだ。走行中の振動は大きいが、その走行感が心地よかった。座席は思っていた以上に高い位置にあり、フロントガラスからの眺めがいい。背筋をピンと伸ばして、運転席にちょこんと座っている夫がなんだかかわいかった。

その日は試乗だけをする予定だったが、「買わない理由が特にないね」と、その場で購入を決めた。夫もラングラーを気に入ってくれたことは、奇跡だと思う。

購入後、夫の放った「車とはUXだ」という言葉が印象に残っている。私たちは、ただ車を買ったのではない。今まではできなかった、新しい体験を手に入れたのだ。

愛車との冒険の日々

車を持ってから、最も大きく変わったのは距離の感覚だ。

以前は、東京を出るのは“旅行”という感覚だった。今は、車で走れる地続きの場所であれば、“移動”ぐらいの感覚になっている。非日常感が薄れたという意味では寂しさもあるものの、遠くへ行くハードルが下がったことは確かだ。

2021年から毎年、車で北海道を訪れるようになった。運転する夫は大変そうだが、最北端の稚内まで、愛犬と一緒にマイカーで行けるなんて思ってもいなかった。気ままに旅程を決めて、美しい景色が広がる場所で停車する。車があると、旅はぐっと自由になる。

なお、Sence of…には、車での北海道旅に関する記事が2本あるので、興味を持たれた方はこちらもぜひ読んでみてほしい。

筆者執筆
後藤迅斗さん執筆

2022年の9月には、「九州でキャンプをしよう」と東京を出発した。あいにく、台風が来てしまって阿蘇キャンプは断念したが、兵庫県まで行ってテントを張ることができた。

ほぼ毎週、キャンプに行くようになった。あまりに頻度が多く、渋滞に巻き込まれながら東京に帰るのが馬鹿馬鹿しくなったので、長野県上田市にも家を借り、東京との2拠点生活も始めた。上田の家ではキャンプ道具で暮らしていたので、毎回道具を積みこんで移動することになる。これも、車がないと叶わなかった生活だ。

筆者執筆

都内も、車で移動することが多い。駐車料金は高いが、快適なのでどうしても乗りたくなってしまう。書店めぐりなどで荷物が増えても安心だ。

車に乗り込むとホッとする。ここは、私たちだけの場所だ。好きな曲を聴いて、取るに足らないおしゃべりをして。寝たいときには、この中で眠って。

夫と私は、愛車での移動を“冒険”と呼ぶ。目の前にレールはない。直感に従って、進むのみだ。

心から愛せる空間

車を所有するのには、もちろんお金がかかる。購入費用や保険料、ガソリン代に高速代、都内であれば駐車場も高い。マイカーがなければ、どれだけ生活が楽になるだろう、と考えることもある。

しかし、たとえ小さな家に住むことになったとしても、車だけは手放したくない、と思う。車は、翼だ。これまでとは別次元の自由をくれる。

購入してから何年経っても、乗り込む度に胸がときめき、降りてドアを閉める度に寂しい。私にとって、それほど愛せる空間は車だけなのだ。

東樹詩織

食や旅の領域でPR・ブランディングに携わる傍ら、執筆活動を行う。アートと本にのめり込み、「as human footprints」名義でZINE出版を開始。写真と動画の撮影・編集も。最近の関心事は、アジア各国のカルチャー、映画、海外文学、批評、3DCG、AI。キャンプ好きが高じて、東京↔︎信州・上田で2拠点生活中。