これも「看板建築」!? 後世へ残そうとする人の意志がつなぐ看板建築の魅力

私は建物の外観巡りにはまっている。この建物を見に行くぞ、と目的を持っていくこともあるけれど、どちらかというと、歩きながらこの街にはどんな建物があるんだろうと散策するのが好きだ。

建物の興味は食いしん坊がはじまり

建物に目を向けるようになったきっかけのひとつに、自身の食いしん坊が関係しているように思う。今から約10年前の大学時代、今ほどSNSが盛んでなく、ご飯屋さんやカフェを探すのは、もっぱら食べログだった。それだけでは足りず、もっとすばらしいお店に出会いたい野心に燃えていた私は、電車に乗ると、窓の外を眺めながら必死に目を凝らし、建物の外観や店名から良さそうな雰囲気のお店を見つけては検索をかけていたことがあった。それは街中でも同様で、現在も進行中だ。

街中で見つけたお店は下調べすることなく入ることはあるけれど、車窓から見つけたお店に実際に足を運んだことは残念ながらまだない…。

私が、このお店に行ってみたい!と興味がわく要素のひとつに、お店の外観が大きな影響を与えている。お店のことをアタリ、ハズレなどと上から目線な言葉で言いたくないのだけれど、外観の印象が私の琴線に触れたお店は、やはりだいたいアタリなのだ。

必ずしもそうではない場合もあるが、外観から、お店の雰囲気やアイデンティティが垣間見えてくるように思う。外観から温かい雰囲気を感じて、店主さんはきっと朗らかな方なのでは?とか、古い建物の良さを活かした趣のある外観からただならぬ気配を感じたり…。外観からいろんな情報をキャッチし、考えをめぐらすことがおもしろく、お店を決めるときの決定打にもなった。

このように食からはじまり建物に興味を持つようになった。そして歩いていると、つい気になって注意深く見てしまう建物群があることに気づく。いわゆるレトロ建築と言われるようなヨーロッパ風の建物も好きなのだけれど、それとは一味違う。

興味を持った建物群は、「看板建築」というジャンルだと知った。書店で見つけた本に、タイプの建物の正面画像とタイトル『看板建築』とあって、自分が興味津々で見ていた建物が、もしかすると看板建築なのでは?と思いいたった。そして、はじめてそういったジャンルがあることを知った。自分のなかでは曖昧だったものに、名前が与えられて、うれしかった。

唯一無二。看板のように見たてた職人の技術とセンス

看板建築は、建築家・建築史家の藤森照信さんによって命名された、商店建築のひとつのジャンルのことだと『看板建築 昭和の商店と暮らし(発行:株式会社トゥーヴァージンズ)』という本を読んで知った。それは、関東大震災後に建てられた建物のことで、建物の正面を銅板やモルタル、タイルなどで覆い平坦な作りにすることで、資金面が苦しい個人商店は効率的に狭い土地を有効活用をしていたのだとか。それが、正面から見ると1枚の看板に見えることから、看板建築と呼ばれているとのこと。

私が感じる看板建築の魅力は、大きめの窓、屋号、さまざまな模様の入った装飾や意匠、テントなどが建物の中の限られたスペースの正面にあしらわれることで、1枚の絵のように見える点。そして、それらが、ひとつとして同じものはなく、それぞれに個性があって唯一無二なところにある。建物の正面にあらゆる要素が盛り込まれているので、ダイナミックに感じるのだけれど、装飾や意匠は細かく繊細。細かいところまで目を凝らすと、遊び心のある装飾やその建物だからこその魅力が見えてきて、それを見つけたときの喜びもひとしおだ。さらには、お店の歴史や現在を知ることで、建物への興味がさらに深まる。

正面のデザイン性や装飾も当時の大工さんのセンスにすべて任された。資金面で苦しかった個人商店の店主たちを励ましたいといった想いもあったのではないだろうか。職人さんのすばらしい技術力とアイディアが復興へと向かうそれぞれの街や人々の暮らしを照らしてくれたように思う。日本人のセンスと美が、看板建築につまっている、と私は感じている。

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看板建築の本場、東京へ! 私の推し看板建築3選

看板建築は、関東を中心に全国へと広がっていった。おそらく看板建築なのでは?と思う建物を見てきてはいたが、その建物は基本的に関西にあるもので、さらには建築ド素人の私個人の見解なので、確定情報ではない。けれども、看板建築らしい様相であるように見えるため、関東からはじまった看板建築の影響は少なからず受けているのではないかと思う(あくまで個人的な意見です)。

大阪で見つけた看板建築なのではと個人的に思う建物

やはり、看板建築の本場で東京のものを見ておきたい!と思い、ついに東京の看板建築に足を運んできた。

(その際にも『看板建築 昭和の商店と暮らし(発行:株式会社トゥーヴァージンズ)』を参考にさせてもらいました)

①一不二(いちふじ)

築地は異国に来たのかと思うほど、海外の人で溢れかえっていた。熱気がすごい…!

食べ物屋さんが立ち並ぶ奥の方に、食器を販売している「一不二(いちふじ)」というお店があるのだけれど、築地という街には似つかわしくないような看板建築をしている。

隣は少し低めで横長の建物なのだが、一不二は縦にスラッとまっすぐ伸びて、青空に真っ白の壁が映えていて洗練されている。そこだけ少し西洋の雰囲気がただよっていた。

看板建築のおもしろいと思うところのひとつに、その建物は明らかに他と違う空気をまとっているのだけれど、かといって馴染んでいないわけではないという、なんとも不思議な感じ。

一不二でとくに興味がそそられたのが、顔のような彫刻が上部に4つ、3階の窓には子どもが手に鳥を持っているような装飾がふたつ。お花や野菜のような彫刻は見たことがあるが、人の顔というところにユニークさを感じる。2階の窓のアートのところにある小さな四角い歯形みたいな装飾や、両サイドの円柱がとてもタイプの窓だった。

高くそびえたっているので、かなり重厚かと思いきや、壁はかなり薄いのにびっくりした。

②江戸屋

ずっと行ってみたいと思っていた「江戸屋」。看板建築のなかでも別格といってもいいかもしれない。現代的というより歴史を感じる建物ではあるけれど、あまり時代を感じさせない普遍性があるように思う。

屋号が金色の文字で書かれておりとても印象的だ。右手の金文字は、「刷毛ブラシ」とあって、は何を扱っているのかがひとめでわかる。そしてなんといっても、建物を突き刺すような6本の棒に目を奪われる。また窓の上には虫が並んだように見えた装飾だが、これはフクロウとのこと(大変失礼しました)。

遠くから建物をみてもつい目を奪われしまうような堂々とした出で立ちで、威厳を感じる。会釈をし、腰を低くして中に入ってしまったぐらいだ。

「江戸屋」は1718年に創業した刷毛とブラシの専門店。中にはありとあらゆるブラシや刷毛が天井からもぶらさげられていて、圧巻…!化粧ブラシから洋服のブラシ、歯ブラシ、たわしなど、私たちの生活にも馴染んでくれそうなアイテムもたくさん。

建物自体は大正時代に建てられたようだが、300年以上も歴史を刻んできた自信や誇り、が建物のまとう空気感を強くしているような気がした。

③伊勢利

建物の正面が薄緑のような濃緑のような、はたまた黒のような色味が目をひく。時間の経過とともに表面がさびていくことで、このような色の変化やグラデーションになるのだけれど、たどってきた時代の重みを感じ、ぐっときてしまう。写真で見ていたときも、なんて味のある色味なんだろうと思い、惹かれた。リアルだとより緑色の濃淡を堪能することができた。

目立った装飾はないけれど、建物の上部のさりげない凹凸。窓の上のアーチ。そして瓦の文様は、近づいてみないとわからないが、勾玉をふたつくっつけたような模様でさりげない。どれも主張がなく、シンプルさのなかに美を感じる。屋号が金文字だが、少しさびているところも、銅板のさびとマッチしている。

店名や建物の雰囲気から、てっきり和食のお店なのかと思ったが、ここはフランス料理屋とのこと。店内の様子はわからないので残念だが、この建物のなかで味わうフランス料理はまた格別なのではと想像が膨らむ。

後世に残し、受け継いでいこうという人の意志

そのほかにも、看板建築とおぼしき建物に遭遇した。これは看板建築です、とはっきりわかるに越したことはないのだけれど、自分の足で歩いて見つけ、自分なりに分析することの楽しさを教えてくれたように思う。

私的看板建築だと思ったもの①:黄土色っぽいタイルにブルーの瓦、グリーンの屋号の色合いがかわいい
私的看板建築だと思ったもの②:少し丸みのある金文字に窓の上部のお山のような形に窓枠も細かくてかわいい!

けれども悲しいことに、看板建築の数は減ってきている。1~2年ほど前はあったのに、解体されてしまったり、建物はあるけれど、いつのまにかお店が休業になっていたり…。建物と人は切っても切れない関係性なのだと改めて感じる。人なくして、建物なし。

今も目にすることができているのは、歴史ある建物を後世に残し受け継いでいこうという人の意志があってこそ。そうでなければ、今こうして見ることができなかったと思うと、本当に奇跡であり、感謝の想いがあふれてくる。

これからもさまざまな道を歩きながら、建物に、そこに関わる人に、想いを馳せたい。そして看板建築が少しでも多く、次の時代に残ることを願っている。

ぜひあなたの街にもあるかもしれない、看板建築を探してみてほしい。

参考文献:SIGNBOARD ARCHITECTURE(荻野正和監修).看板建築 昭和の商店と暮らし.株式会社トゥーヴァージンズ.2019

はしもとかほ

「誰かの人生のものがたりを紡ぎたい」をテーマに、インタビューライターとして活動中。趣味は京都散策、読書、写真、食、アートに触れること。いつか書評を書くのが夢。