少女まんがの神様・萩尾望都さんの衝撃【わたしを作った少女まんがの話】前編

萩尾望都さんって?

先日ご紹介した木原敏江さんと同じく、1970年代に少女まんがに革新をもたらした“花の24年組”を代表する作家のメインメンバーであり、少女まんがの神様とも称される萩尾望都さん。

本当はもっと早く取り上げたかったのだが、わたしのなかでの彼女の存在が大きすぎて、どう取り上げようか迷っていて遅くなった。
そんなわけでようやく今回、洗練された表現で少女まんがの新たな可能性を切り拓いてきた萩尾さんのまんがを紹介する。

略歴

高校生の頃から雑誌に投稿していた萩尾さんは、1969年に『なかよし』に掲載された『ルルとミミ』でデビューした。
翌年には郷里福岡から上京し、通称「大泉サロン」と呼ばれる少女まんが家たちの集う共同アパートで、『風と木の詩』などの著者として知られる竹宮惠子さんと共同生活を始めた。
そして、後に花の24年組と呼ばれる才気溢れるまんが家たちと切磋琢磨しながら、徐々に才能を発揮していく。

代表作『ポーの一族』の連載を皮切りに、数多くの名作を発表。革新的なまんがは次世代の作家たちを牽引していくこととなった。
日本SF大賞、日本漫画家協会賞・文部科学大臣賞、紫綬褒章など多くの受賞歴があり、2019年には女性まんが家として初めて文化功労者に選出された。
少女まんがの発展に大いに寄与したため、まんがの神様・手塚治虫さんにあやかり、少女まんがの神様とも呼ばれている。

大泉サロン

1970年から1972年まで、同じく24年組の中心人物・竹宮惠子さんと共同で暮らしていた大泉サロン。
練馬区大泉にあったこの共同アパートでの生活が、萩尾さんの創作に大いに刺激を与えた。同年代の作家たちとの交流が思考を深化させ、作品に磨きをかけたのだ。

とくに竹宮さんの存在は大きかった。
彼女の紹介でネームを持ち込んだ小学館で『少女コミック』の編集者の目に留まったために、描きたいものを描きたいように描ける環境を手に入れたという。
しかし竹宮さんとの関係が悪化、2年でふたりは離別している。当時のことについてはお互いエッセイ本のなかで回想している。

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萩尾望都さんの衝撃

彼女は従来の少女まんがではありえなかったような数々の表現手法を用い、数多のまんがファンを虜にした。

記憶にある限り、わたしが初めて読んだまんがは萩尾望都さんの作品だった。
内容は難しくよく理解はできなかったが、「これは何かとてつもなくすごいぞ」という印象が強く心に残り、現在でも彼女のまんがに惹かれ続けている。
では具体的に何がすごいのか、この項ではその秘密の一端に触れてみたい。

まるで芳醇な文学作品のような、叙情的な表現

わたしがもっとも惹かれたのは、独特の空気をまとった絵と印象的な言葉が合わさった、非常に詩的な表現だ。

とくに言葉の選び方が格別。
的確な言葉を置いていく詩のようなときも、地の文と会話がテンポよく混ざり合う小説のようなときも、読者を作品世界へいざない、登場人物たちのリアルな心を伝える。

たとえばこんな具合だ。

目ざめよ神話 ぼくたちは時の夢

昔がたりと 未知への恐怖が

ぼくらの苗床 ぼくらの歌

(引用元:小学館『萩尾望都作品集8 ポーの一族3』p21)」

だってしょうがないじゃないか

オレが生きてることは 生きてることなんだし

そりゃ運みたいなもんだし

オレの母が若くしてなくなったのも

アンリがおぼれたのも

ベルン先生がヤマをこえるかどうかも

そんなこと 誰にも決められないじゃないか

(引用元:小学館『萩尾望都作品集13 メッシュ3』p59、60)

ストーリー自体も構成がうまい上に、選び抜かれた言葉が話にさらに深みを持たせており、どの作品も哲学的で繰り返し読んでも味わえる内容に仕上がっている。

萩尾さんは日頃から映画や文学に親しみ、それらから着想を得ることが多かったそうで、まんが以外の芸術への造詣の深さが、従来のまんがと一線を画す表現の源となっているように思う。

少女の夢としての少年

少女まんがの主人公は少女であることが普通だったところ、少年を主人公に据えた作品を発表し人気を得たというのも、萩尾さんの偉大な功績だ。

彼女の描く少年は、現実そのままの少年というよりは、もっと夢見がちで純粋で、それ故に多くの葛藤を抱えている。
そんな複雑で繊細な心理が丁寧に描かれることで、少女の夢としての少年が立ち現れてくるのだ。
そうして読者は、儚くて美しい少年たちの世界に、憧れ陶然とする。

また萩尾作品においては、少年愛もしごく当然のものとして描かれる。
作品自体はBLではないのだけれど、同性愛者が当たり前に存在するし、少年同士の間に友情を超えた絆がある場合もある。
そういったことから、萩尾望都さんはBLまんがの元祖のひとりと捉えられることもある。

壮大なSF

萩尾さんはファンタジーやラブコメ、サスペンスなど幅広いジャンルを手掛けているが、なかでも特筆すべきはSFだ。
1970年代前半、人気のSF小説や映像作品はあれど、少女まんがにSFは存在しなかった時代。萩尾さんはSFを描きたいのに描ける場所がなく、うずうずしていたという。
『ポーの一族』がブレイクした後、念願のSF作品を連載する機会を得、その後ぞくぞくとSF少女まんがを発表している。

原作物もオリジナル物も彼女の世界観にしっかりと落とし込んでおり、読み応えのある作品が山のようにあるので、萩尾さんのSF作品については次回改めて詳しくご紹介しようと思う。

傑作の数々

長編も短編も、萩尾さんの作品にはあまりにも名作が多すぎて、おすすめを挙げはじめたらキリがない。 SF作品は次回取り上げることにして、ここでは不朽の名作かつ代表作である『ポーの一族』をはじめとした計3作品をご紹介したい。

ポーの一族

永遠の命を持ち、人間の血とバラの花を必要とし、太陽光が苦手で、銀の弾丸を受けたりすると塵と化す、人間の言うところの吸血鬼である“ポーの一族”。
この物語はポーの少年・エドガーと、彼の妹メリーベル、彼が一族に引き入れた少年・アランの三人を中心に、ポーの一族と人間のときのはざまの邂逅を描いている。

本来ごく短い期間のきらめきであるはずの少年期が引き延ばされたエドガー。
大人になることもできず永久の時をさまよわなければならない切ない運命は、従来の吸血鬼観を一変させる秀逸な設定だ。
彼は長い時を生き続けていても、思いはいつも最愛の妹が生きていた数百年の昔へ帰っていく。
人間とはまるで違う時間軸に存在している夢や幻のような彼の姿に、否応なく惹きつけられる。

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トーマの心臓

ドイツの全寮制男子校(ギムナジウム)が舞台。学校という箱庭のなかで、少年たちの凝縮されたドラマが繰り広げられる。
喧嘩をしたりふざけ合ったり、ときには涙したり。互いに感情をぶつけ合いながら少年たちは成長していく。

そんななかで、過去のある事件がきっかけで心を閉ざしていたユーリ。
自分を許せず他人を愛せないでいた彼の心を、彼に思いを寄せていた下級生・トーマの死と、その直後に現れたトーマに瓜二つの転入生・エーリクの存在がかき乱す。

キリスト教の教義が軸となっており、許しと愛がテーマの硬派な作品だが、少年たちの瑞々しい心の触れ合いを追体験しているうちにすんなりと世界に入り込める。
BLまんがの先駆けでもあるが、性的なものとは隔絶された彼らの愛は、純粋無垢で耽美で、少女の夢そのものと言える。

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メッシュ

子どもを思い通りにしようとする暴力的な父と、そこから逃げ出したい息子の、親子問題がテーマとなっている。
息子、メッシュはひょんなことから同居することになった画家・ミロンの見返りを求めない温かな愛に救われ、父への憎悪から少しずつ解放されていく。

父との関係に一応の決着がついてからも、近所の人々の痴情のもつれに巻き込まれたり、アングラ演劇に参加することになったり、ふたりの元には次々といざこざが舞い込んでくる。
大小の問題を乗り越え、ふたりの関係性も深まっていく。
だんだん明るくなっていくメッシュの姿を見ているとほっとする。

ミロンとメッシュは同性愛の関係ではないが、少年愛や性暴力の描写も出てくるので、読者を選ぶ作品かもしれない。
壮絶な親子関係には、親との間に問題を抱えていた著者自身の心理が投影されているそうだ。
今作以外にも、萩尾作品には親からの解放や親子関係を扱った作品が多く存在する。

近年の動向

1976年に連載終了した『ポーの一族』は、2019年に40年ぶりに新作が発表され、連載が再開された。
これまで描かれてこなかった話の背景やエドガーのその後などが描かれ、現在も『月刊フラワーズ』に断続的に掲載されている。
なお、2023年からは作画にデジタルを導入し、アナログと併用しているそうだ。

少女まんが黄金期の作品と現在の作品では絵柄も大分変わっているが、少女まんが史に燦然と輝く名作の数々を、ぜひすべてのまんが好きに読んでもらいたい。

逆盥水尾

さかたらいみおと読みます。昭和の少女漫画が好きで、最近はもっぱら漫画を読みふけりながら普及活動をする日々です。