「壊れたから捨てる」はもうやめた。金継ぎが教えてくれた、自分だけの傷の愛し方

毎朝のコーヒータイムに、デスクワークに一息いれるためのティータイム。寝付けない夜に飲むハーブティー…。いつもの日常に寄り添ってくれる、お気に入りのマグカップ。そんな大切な器が割れてしまったとき、あなたならどうしますか?

多くの人が「仕方がない」と諦めて捨ててしまうかもしれません。わたしもこれまで泣く泣く思い出の器たちを手放してきました。でも、「金継ぎ」という日本の伝統的な修理技法が、そんな日々を変えてくれたのです。

傷を隠すのではなく、大切な個性として愛でる。そんな金継ぎの考え方には、壊れてしまった器を直すだけではなく、日々の暮らしを豊かなものに変える力がありました。

わたしのこと

  • 年齢:30代
  • 性別:女
  • 職業:フリーライター、編集者
  • ライフスタイル:リモートワーク不定休、シェアハウス暮らし、インドア派
  • 好きなこと:読書、旅、散歩

金継ぎをしようと思い立ったきっかけ

ある冬の日の朝。お気に入りのマグカップを戸棚から戸棚から取り出し、白湯を注ぐ。

いつものルーティーンのはずが、「ぱき」という音がキッチンに小さく響きました。「え?」とお湯を注ぐ手を止めてマグカップをよく見ると、ぐるりと一周大きなヒビが入り、カップが真っ二つに。

そのマグカップは、約4年前に転職を機に引っ越したタイミングで購入したもの。価格は2000円ほどで比較的安価なものでしたが、会社員を辞めたばかりの自分にとって器にお金をかけるというのは勇気のいることでした。割れないようにそっと家に持ち帰り、毎日使っていたマグカップ。特別な思い出は無くとも、いつも寄り添ってくれる大切な存在でした。

「ちょっと欠けちゃった」ところではなく、真っ二つに割れてしまったマグカップ。明らかにもう使うことはできないけれど、思い入れがありすぎて捨てることが出来ず…。そのまま部屋の棚にそっとしまい込み、数ヶ月が過ぎていきました。

そんなある日、ネットでたまたま目にした記事がきっかけで、割れた瞬間から止まっていた時間が動き出しました。それは、「金継ぎ」という日本の伝統技法について書かれた記事。壊れたものを捨てるのではなく、新たな美しさを与えて蘇らせる金継ぎ。「これだ!」と直感的に思ったのです。

金継ぎとは?


金継ぎ(きんつぎ)とは、割れや欠け、ヒビなどの陶磁器の破損部分を漆を用いて修繕し、その継ぎ目を金粉などで装飾する日本の伝統的な修理技法。

空気中の水分に触れることで硬化・耐水化する漆の特性を生かし、じっくりと時間をかけて器の欠けや割れ、ヒビを繕います。修理が完了するまでに、短いもので1ヶ月、長いもので4ヶ月ほどの時間が必要となります。

この技法の特徴は、破損部分を隠すのではなく、むしろ美しく際立たせることにあります。傷を受け入れ、そこに新たな価値を見出す。壊れたから捨てるのではなく、傷を補い、割れを継ぐことで、再び日々の暮らしの中で取り入れていく。そんな金継ぎの考え方に、わたしはすっかり魅了されました。

待つ時間すら愛おしい、お直しの過程

さっそく、住んでいる地域の金継ぎ工房を調べてみると、「ここにお願いしたいかも」と思える工房が見つかりました。

割れてしまった器の写真と、キズの大きさ、お直しの希望イメージをまとめて問い合わせフォームから連絡を入れると、見積もりが返ってきました。

費用は約1万円、お直しにかかる期間は3か月。正直、同じマグカップを買いなおした方が遥かに安い金額です。ですが、色や形が同じでも重ねてきた時間は戻ってきません。「直せる」という選択肢を知った以上、もう「新しいものを買い直せばいい」とは思えませんでした。

さらに、金継ぎと言えば金か銀だと思っていましたが、「銀は数年経つと黒っぽく色が変わるため、色漆を使ったお直しもございます。もともとの水色に近い色か、ベージュで仕上げるとバランスがいいかと思います。お好み・予算に会わせてお選びください」と提案が。

水色にベージュというのは、自分では選ばない組み合わせでしたが、せっかくの新しい決断なのでいつもの自分が選ばない方を選んでみることに。「ベージュの漆でお願いします」と正式な依頼を送ると、「よく似合うと思います」とお返事があり、現物を受け取る前からなんだかうれしい気持ちになったのでした。

金継ぎを生活に取り入れたことで変わったこと

丁寧に器を梱包して発送してから、「どんな仕上がりになるのかな」とのんびり待つこと3か月。修理が完了したマグカップが自宅に送られてきました。

割れた跡に走るベージュの継ぎ目は、まるで雷のよう。そっと撫でると、思わず愛おしさが溢れます。割れてしまったことで、わたしだけの個性がある器に生まれ変わったのです。

金継ぎ後の器は、いくつか使用上の注意点があると説明書きが入っていました。

  • 食器洗浄機や電子レンジは使用を控え、柔らかいスポンジで優しく手洗いする
  • 直射日光の当たらない場所で保管する
  • 硬いものでこすらないよう気をつける
  • 漆は自然素材のため、急激な温度変化を避ける。熱湯を直接注ぐことは避け、温かい飲み物を飲む場合は40度前後のお湯を注いで慣らしてからにすること

一つひとつ確認し、大切に使っていきます。これらの注意点は、決して面倒なものではありませんでした。むしろ、器を丁寧に扱うことで、暮らしの中に一呼吸置く間が生まれ、自分のことも大切にできる気がするのです。

それだけではありません。金継ぎを経験してから、身の回りのものに対する見方も変わりました。少し傷がついたり、古くなったりしたものを見ても、すぐに買い替えを考えるのではなく、「どうやって大切に使い続けられるか」を考えるようになったのです。

新しいものを次々と購入するのではなく、自分で修繕したり、お直しに出したりして、手間暇をかけることで自分だけの時間と物語を重ねていく。そんな豊かさを知ることができました。

捨てる、のその前に

金継ぎとの出会いは、わたしにとって単に割れた器を直してもらう以上の意味がありました。

傷があってもいい。欠けていてもいい。むしろ、その傷や不完全さこそが、そのものの、そしてその人の個性であり、物語になっていく。傷や欠点も含めて、すべてが自分らしさやその人らしさだと思えるはずです。

もしあなたも、大切な器が壊れてしまったときは、ぜひ金継ぎという選択肢を考えてみてください。それは、ただ器を直すということを超えた豊かさを日々の生活にもたらしてくれるはずです。

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風音

1995年生まれ。長野市在住のフリーライター。インタビュー記事、エッセイを主に執筆。水辺を眺めること、お散歩、読書と喫茶店が好き。