私のそばに、図書館があった

匂いが好き。静けさが好き。図書館の話だ。

足を踏み入れる度に、緊張するような、それでいて落ち着けるような、相反する感情が湧き起こる。その気持ちは、夏休みに祖父母の家を訪れたときに感じるものとどこか似ている。

私にとって、図書館はとても特別な場所。小さな頃から、たくさんの思い出を積み重ねてきた場所。もちろん、住む場所が変われば、通う図書館も変わる。それなのに、どの図書館にも同じ匂いと静けさがあって、私の心をぐっととらえる。

紙芝居の思い出

最近、子どもと行った読み聞かせ会で、紙芝居を久しぶりに見た。あまりに懐かしいので、胸が少し苦しくなったほど。紙芝居というものが存在すること自体、すっかり忘れてしまっていた。

紙芝居を目にしたことで、幼い頃の記憶が唐突に蘇った。あれは、小学校に入る前のことだっただろうか。母が漕ぐ自転車に乗って、よく図書館へ行った。外から見ると、窓がやけに暗い建物で、少しだけ怖かった。

よく、紙芝居を借りた。専用の大きなバッグに入れて持ち帰ると、古いアパートの畳の上で、母が読み聞かせをしてくれた。絵本とは違い、ひとりで楽しむのは難しい。必ず母に読んでもらえるもの。だから、紙芝居は特別だった。

本棚の端から

小学5年生のときに引っ越しをした。新居から自転車で10分ほどの距離に図書館があり、私はひとりでそこを訪れるようになった。高校を卒業するまで、長く通った。

ハードカバーの小説が並ぶ棚が好きだった。通い始めた当時、夢中になって読んでいたのは、赤川次郎さんのミステリー。「あ」から始まる日本人作家の小説が収まる棚の前に立ち、彼の作品を探しているときに、ふと思った。「あ行の作家の棚から、わ行の作家の棚まで、全部の作品を読もう」

結論から言うと、私の企ては未完に終わった。「あ」から「お」までの作家の作品すら、すべては読みきれなかった。新井素子さんの『チグリスとユーフラテス』の分厚さを目にしたときに心が折れた。

とはいえ、かなりの数の作品を読んだのも確かだ。特に印象深いのは、愛川晶さん、我孫子武丸さん、綾辻行人さん、有栖川有栖さん、折原一さん、恩田陸さんなど。あ行の作家は、不思議とミステリー作家が多かった。

この図書館には、もうひとつ思い出がある。紙に文章を書いたり絵を描いたりして箱に投函すると、ホワイトボードに張り出してくれる、という仕組みがあり、それをいつも楽しみにしていたのだ。

何を書いたかはあまり覚えていないが、さほど上手くもない絵の隣に細かな字をびっしり書き込んだ、あの紙の記憶は鮮明に残っている。おそらく、最近読んで気に入った本のことや、近況などを書いていたのだろう。

SNSもない時代。似たような価値観を持つ誰かが書いた内容を、じっくり読むのは楽しかった。そして、自分の文章をどこかの誰かが読んでくれているかも、と思うと心が躍った。

図書館との再開

大学入学後は、地域の図書館に通う頻度がぐっと減ってしまった。社会人になってからも、予約した本をたまに受け取りに行く程度だった。

それが今は、週1以上のペースで通っている。きっかけは、昨年、図書館の近くに引っ越したことだ。内見に向かう道中、家のそばに図書館があるのを見つけ、部屋を見る前から「絶対ここに住もう」と心に決めていた。

引っ越しからほどなくして産休に入り、日々散歩がてら図書館に向かった。読みたい本は、予約をして取りにいく。でも、偶然の出会いも大切にしたい。新着本コーナーや、話題書が並ぶ棚を覗き、雑誌エリアをぶらぶら歩く。

レシピ本や手芸本など写真が多い本は、ネット上の評判だけを見て予約するより、実際に手に取って見比べた方が自分に合うものを見つけやすい。「これ、今日食べたいな」と思ったレシピが載った本を借り、その足でスーパーに向かうこともある。

洋書とも、図書館のおかげで親しくなれた。パラパラとめくり、意味のわかる単語が多そうであればとりあえず借りてみる。購入した場合と比べて、「絶対読まなきゃ」というプレッシャーが少ないところがいい。

子どもといっしょに

息子が生まれ、外出できるようになるとすぐに、ベビーカーを押して図書館へ行った。大人になってからは、ほとんど立ち入ったことがなかった絵本コーナー。そこには、母に昔読んでもらった懐かしい絵本がたくさんあった。もちろん、紙芝居も。

息子の名前で利用者用のカードを作り、そのカードで絵本を借りることにした。月齢に合った簡単な絵本だけではなく、幼い頃に好きだったものを片っ端から借りた。記憶に刷り込まれているぐらい懐かしい、ということは、それだけ母がたくさん読んでくれたということだ。その事実に気づき、感謝の気持ちが芽生えた。

図書館で定期的に開催されているおはなし会にも、息子と参加するようになった。絵本の読み聞かせだけでなく、布などを使った手遊びの時間もあり、息子は楽しそうにしている。

私が母と図書館に通ったことを今でも覚えているように、息子にも、この日々の記憶が残ってくれたらいいな、と思う。ぼんやりとでもいいから。

やがて、彼ひとりで図書館と付き合う日が来るのだろう。そのとき、図書館は彼の大きな本棚になり、尽きない関心にも優しく応えてくれるだろう。

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執筆:小雪さん

東樹詩織

食や旅の領域でPR・ブランディングに携わる傍ら、執筆活動を行う。アートと本にのめり込み、「as human footprints」名義でZINE出版を開始。写真と動画の撮影・編集も。最近の関心事は、アジア各国のカルチャー、映画、海外文学、批評、3DCG、AI。キャンプ好きが高じて、東京↔︎信州・上田で2拠点生活中。