ミニシアターで、整う

名画座との遭遇

大学の近くに、名画座「早稲田松竹」があった。私はその脇を3年と11ヶ月素通りし続け、卒業間近に、人に連れられて初めて足を踏み入れた。12年前のことだ。

上映は2本立てで、チケットを1枚買うとどちらの映画も観られる。2012年の2月29日、上映されていたのはジョン・カーペンター監督の『ザ・ウォード/監禁病棟』と、ロマン・ポランスキー監督の『ゴーストライター』だった。どちらの監督も恐怖映画の巨匠だ。

当時の私は映画に疎く、どんな作品を観るのかもわからずにのこのことついていって、上映中はずっと椅子の上で震えていた。12年経った今も、『ザ・ウォード/監禁病棟』のラストは鮮明に脳裏に焼きついている。

トラウマになりかねない鑑賞体験だったが、幸いなことに大学生の私は「早稲田松竹」をとても気に入り、その4日後には一人で訪れている。食べ物の持ち込みもOKだというので、近くの薬局でじゃがりこを買って入った。音が出ないように、口の中でゆっくりと湿らせて食べた。

そのときに観たのは、グレン・フィカーラとジョン・レクア監督の『ラブ・アゲイン』、そしてゲイリー・マーシャル監督の『ニューイヤーズ・イブ』だった。どちらも心温まるラブコメで、前回とは打って変わって晴れやかな気持ちで帰路につくことができた。

4時間も、ぶっ続けで映画を観る。そんな贅沢な時間の使い方があるだろうか。上映作品が変わる度に訪れたいぐらい「早稲田松竹」での鑑賞体験に心奪われたが、残念ながらもう卒業が迫っていた。もし、大学1年生の頃に名画座に出会っていたら、私の人生は少し違っていたかもしれない。

4月、社会人になるとともに時間的な余裕を失って、映画館に足を運ぶことはほとんどなくなった。

ミニシアターホッピング

映画館と再会したのは、つい最近のことだ。

もちろん、12年の間に大手の映画館で何度か人気の作品を観たものの、色々なことが気にかかって行く気が失せていたのだ。色々なことというのは、上映の途中でお手洗いに行きたくなったらどうしよう、とか、お腹が鳴ったらどうしよう、とかそういったことである。DVDを家で観る方がずっと気楽だった。2015年にNetflixが日本へ上陸してからは、配信された映画ばかりを観るようになった。

そんなとき、SNSで『わたしたちの国立西洋美術館〜奇跡のコレクションの舞台裏〜』という映画の上映情報を目にしたのだった。2020年10月から2022年4月まで休館していた国立西洋美術館に密着取材を行ったドキュメンタリーだ。

興味を惹かれて調べたところ、下北沢駅前にある「シモキタ – エキマエ – シネマ『K2』」というミニシアターで上映していた。自宅からそう遠くない距離だが、そんなところに映画館があるなんて知らなかった。

ちなみに、一般的にミニシアターとは、独立している小規模な映画館のことを指す。映画館独自の判断基準で上映作品を選んでおり、シネコンと呼ばれる大手の映画館では観られない作品にも出会えることが魅力だ。座席数の少ないこじんまりとした空間は、家では得られない非日常感的な高揚感を与えてくれる一方で、シネコンにはない日常と地続きの気軽さがあって落ち着く。

日常と非日常の間をふわりと漂うミニシアター。「シモキタ – エキマエ – シネマ『K2』」で味わった、いい意味でゆるい空気感が癖になり、ミニシアターホッピングでもしてみようと思って調べてみた。すると、驚くほど多くの劇場が近隣にあることがわかった。

下高井戸駅近くの「下高井戸シネマ」。整理券制で、開館時から当日の整理券付き入場券を購入できる。休日、朝一の上映を観に行ったところ、道路から2階の受付まで長い列ができていた。昭和から続く名画座で、味のある雰囲気に心ときめく。

パルコが手掛ける渋谷の「CINE QUINTO(シネクイント)」と「WHITE CINE QUINTO(ホワイトシネクイント)」。パルコらしいな、と感じるしゃれた作品の上映が多い。座席がふかふかで気に入っている。共通のポイントカードがあり、映画を4回観ると1回無料になる。

同じく渋谷にある「Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下」。「Bunkamuraル・シネマ」の長期休館に伴い、2023年6月にオープンした。渋谷駅からのアクセスが素晴らしい。

恵比寿ガーデンプレイス内の「YEBISU GARDEN CINEMA(恵比寿ガーデンシネマ)」は、上質感のある劇場だ。イートインスペースで、開場までのんびり待つことができる。

最近訪れた場所はこのぐらいだが、行ってみたい劇場はまだたくさんある。不思議なことに、何度も近くを通り過ぎていたはずなのに、これまではその存在に気付かなかった。ミニシアターは街の中にしっくり馴染み、映画を愛する人々をそっと飲み込んでいるのだ。

作品との出会い方

マークしておきたい劇場のSNSアカウントを一通りフォローすると、観たい作品が次から次へと増えていく。お気に入りのミニシアターで上映される作品は大抵面白いだろう、という安心感があるため、映画の内容がわからないままキービジュアルだけに惹かれて観に行くこともある。

もしトークショーなどの機会があれば、そのタイミングを狙って訪れるのも楽しい。下北沢の「シモキタ – エキマエ – シネマ『K2』」では、『The Night Before』の上映後に堀井綾香監督のトークショーがあった。小規模な劇場だからこその、監督との距離の近さにどぎまぎした。

置いてけぼりにされたような、やるせない余韻が残る映画が好きで、ミニシアターホッピングを始めてからそんな作品によく出会えるようになった。最近心が震えた作品は、「シモキタ – エキマエ – シネマ『K2』」で観たシャルロット・ル・ボン監督の『ファルコン・レイク』と、「YEBISU GARDEN CINEMA」で観たシャーロット・ウェルズ監督の『aftersun/アフターサン』だ。何度も観返したいと思える映画との遭遇は、幸せなものである。

スマホの電源を切って、一人でスクリーンと向き合い、映画の豊かな音に包まれる。

上映が終わり、劇場の照明がついたら、余韻に包まれたまま静かに立ち上がる。まだ現実に戻りきれずに、ふわふわとした足取りで出口に向かう。なんだか、身体が軽くなったような、憑き物が落ちたような感覚がある。そんなとき、「あ、整った」と感じる。

いつの間にか、お気に入りのミニシアターで過ごす時間が、欠かすことのできない自分のメンテナンス時間になっている。

東樹詩織

食や旅の領域でPR・ブランディングに携わる傍ら、執筆活動を行う。アートと本にのめり込み、「as human footprints」名義でZINE出版を開始。写真と動画の撮影・編集も。最近の関心事は、アジア各国のカルチャー、映画、海外文学、批評、3DCG、AI。キャンプ好きが高じて、東京↔︎信州・上田で2拠点生活中。