『動物のお医者さん』って?

かつてシベリアン・ハスキーブームを巻き起こし、現在も年代を問わずファンの多い『動物のお医者さん』。
いやいや、知らないけど…という方に向けて、まずは基本情報から!
あらすじ
偶然の出会いから、H大の漆原教授にシベリアン・ハスキーの子犬を押し付けられたハムテルこと西根公輝。
彼はそれがきっかけでH大の獣医学部に入学し、獣医を目指すことになる。
『動物のお医者さん』は、そんなハムテルと、彼を取り巻く癖の強い人々や動物たちの織り成す日々を描いたコメディだ。
ハチャメチャなエピソードに笑いが止まらない。
そのうえ、理系大学や獣医のリアルな実態を知ることができる名作である。
社会現象を起こした少女まんが
このまんがは当時、2つの社会現象を巻き起こした。
まず、シベリアン・ハスキーブーム。
ハムテルの飼い犬、シベリアン・ハスキーのチョビが人気になったことで、ハスキーを飼う人が続出した。
ただその後、思った以上に大きくなり飼うのが大変だと犬を捨てる人が相次ぎ、社会問題にも発展してしまったのだが…。
それから物語の舞台H大のモデルになった、北海道大学獣医学部の志望者数が大幅に増加した。
良し悪しはあれど、どちらもいかに『動物のお医者さん』のファンが多いかを物語っている。
作者の佐々木倫子さんについて
北海道出身のまんが家。
もともとは白泉社の少女まんが誌『花とゆめ』系列誌を中心に作品を発表していたが、その後小学館の青年誌へと活動の場を移す。
キャラクターがすこぶる特徴的な、日常コメディを得意としている。
『動物のお医者さん』もこの系統の作品で、佐々木さんの代表作。
彼女の出身地・北海道が舞台のため、北海道エピソードが頻出する。
個性的すぎるキャラクターたち
『動物のお医者さん』に出てくるキャラクターは、皆ひと癖もふた癖もある。
1話しか登場しなくても強烈な印象を残す人もいるので、本当は全員取りあげたいところ…。
とはいえそうもいかないので、レギュラーメンバーを厳選してご紹介する。まず人間のキャラから。
ハムテル
本作の主人公。本名は西根公輝(まさき)だが、ハムテルやキミテルなど皆の呼びたいように呼ばれている。
H大獣医学部に通い、獣医を目指す学生。
ギリギリでもいいから絶対試験に落ちないのがポリシーで、赤点を取ったことがなく、周囲から信頼されている。
感情が態度や表情に出にくく、一見大人しくて冷静沈着に見えるが、強烈な個性の人々に囲まれて平然と、というか諦めつつマイペースに日々を送っているつわもの。
漆原教授に押し付けられて飼うことになったシベリアン・ハスキーのチョビやスナネズミに、愛情を注ぎかわいがっている。
二階堂昭夫
主人公・ハムテルの親友で、大体いつもハムテルと一緒にいる。
臆病で優柔不断な性格で、いつも悩んだり驚いて叫んだりしている。
感情表現が豊かでうるさいので、感情があまり顔に出ず落ち着いているハムテルといいコンビである。
そんな彼が大嫌いなのがネズミだ。
実物を見るどころか、“ネズミ”という言葉を聞いたり読んだりするのも嫌という徹底ぶりで、しばしば実験体としてネズミを使う大学の実習ではいつも苦労している。
それなのになぜ獣医学部に入ったかといえば…やはり彼の意志というより、ハムテルが志望していたからである。
菱沼聖子
獣医学部の公衆衛生学講座の博士課程に在学している、ハムテルたちの先輩。
美人でスタイルもいいのだが、平熱が体温計に出ないほど低く、痛覚が異常に鈍いなど特異体質を持つ。
動作や話す速度ものろく、性格は暗くないのに陰気なオーラを放っている奇人である。
物語が進むにつれ設定が足され、ますます人間離れしていく。しかし本人にはその自覚はない。
また、本人は動物好きなのに、動きの奇妙さから多くの動物と相性が悪く怖がられているため、うまくいかない交流の様を描いたエピソードも多い。
漆原教授
ハムテルと二階堂の通う獣医学部病院学講座の教授で、H大付属家畜病院の院長。
テキトーで飽きっぽく、常に我が道を行き周りの人たちを振り回しまくるトラブルメーカー。
常識はずれで大胆すぎる行動から、「破壊神」の異名を持つ。
その一方で、興味のあることへの集中力や洞察力は抜群で、いざという時には頼りにされたり、周りからちょっと見直されたりもしている。
また大のアフリカ好きで、研究室には所狭しとアフリカン・アートが置かれている。本人もよくアフリカの仮面を被ったり、仮装をしたりする。
西根タカ
ハムテルの祖母。
着物を着こなしキリリとした佇まいの小粋な女性…かと思いきや、気性が荒く傍若無人な漆原教授と似たタイプの人。
好き嫌いがはっきりしていて、ハムテルは彼女のあまり後先を考えない行動に振り回されることもしばしば。
西根家では彼女が法だとも言われている。
ハムテルが漆原教授の暴挙を諦観できるのは、日頃から彼女に鍛えられているからかもしれない。
ちなみに名目上は三毛猫のミケの飼い主で、かわいがってはいるが、世話は基本ハムテルに押し付けている。
人間に負けず劣らず魅力的な動物たち

『動物のお医者さん』では、動物たちも人間同様、個性豊かに描かれている。
リアルな見た目に描かれながら、動物たちもセリフで感情を表現しているのも本作の特徴だ。
ちなみに人間が動物のセリフを直接理解することはできない。
ここではさまざま登場する動物を代表して、西根家の動物たちをご紹介する(西根家はこの他にスナネズミもいる)。
チョビ
シベリアン・ハスキーの女の子。ひょんなことからハムテルに飼われることになった。
般若のような怖い顔をしているが、性格は穏やかで、聞き分けが良く気遣いもできるいい子。
飼い主のハムテルによく懐いており、良好な関係を築いている。
人間にも動物にも遠慮しがちで、それが災いして損をすることも多い。
よく考え込んだり迷ったりしている姿が描写されている。
ミケ
関西弁で喋る三毛猫。
西根家周辺をテリトリーとする猫社会の女ボス。
喧嘩好きで自ら争いに飛び込んでいきがちだが、面倒見のよい姐御肌なところも。
チョビにとっても、子犬の頃から世話をしてもらったお姉さん的存在である。
チョビが大きくなった今でもその関係性は変わっていない。
ヒヨちゃん
ひたすら凶暴な雄鶏。「西根家最強の生物」の座に君臨している。
ハムテルが小学生の頃に露店で購入してきた。
名前の由来は、買った当時はヒヨコだったから。
誰に対しても乱暴だが、二階堂が特によく蹴りをお見舞いされている。
面白エピソード4選

コミックス全12巻、全119話ある『動物のお医者さん』は、どの話も面白くて印象的だ。
そのなかでもわたしが大好きで、折に触れて思い出すエピソードをいくつかご紹介しよう。
花見ジンギスカン
第4巻収録、第34回のエピソード。
獣医学物の学生と教授が連れ立って、公園に花見をしに行く。
ここでいう花見とは、何でもいいから花を見てジンギスカンを食べる会のことだ。
皆で肉を楽しんでいたところ、公園を根城にするカラス軍団と肉の取り合い合戦に!
カラスたちは鍋からでも肉を取っていくので、どんどん人間たちの食べるものがなくなっていく。
そんなとき、怒った漆原教授が打ち出した秘策とは……!?
生き物とやり合う漆原教授と、そのとばっちりを受けるハムテルたちというお決まりの展開は、外れなく面白い。
公園でジンギスカンという北海道らしさも味わえる。
大晦日の家族麻雀
第5巻収録、第44回のエピソード。
大晦日、ドイツから両親が帰って来て久しぶりに母・父・祖母・ハムテルと一家が揃った西根家。
さっそく、恒例行事である家族麻雀が始まる。
何かを賭けていないと緊張感がなくてつまらないということで、負けた人は屋根の雪下ろしと雪かきをするというルールが追加されると、ゲームは一気に真剣勝負に。
傍若無人な母と祖母に振り回されつつ対局は進み、負けが込んできたハムテルだったが、最後の局で大チャンスが。
果たして勝負の行方は!?
西根家の人間と動物の相関関係がよく分かるエピソード。
もちろんチョビやミケも登場し、活躍(?)する。
わたしは麻雀のルールはいまいち分からないが、別に分からなくても読むのに支障はない。
猫の泉
第9巻収録、第82回のエピソード。
卒論で“猫の体表に存在する真菌”を調べている二階堂は、野良猫がなかなか見つからず困っていた。
そんなとき、猫の生まれる場所“猫の泉”の噂を聞く。
さっぱり場所が分からないため、半ば諦めていたのだが、ある日迷い込んだ夢のような場所に猫たちがたむろしているのを見つけて……!
方向音痴の菱沼さんの話す不確かな情報や、謎めいたおじいさんの存在により、不思議で幻想的な話になっている。
きっちりオチがありながらも、余韻の残るラストが味わい深い。
菱沼一族のサイレージ作り
第12巻収録、第113回のエピソード。
菱沼さんの親戚が大勢住む町に遊びに行ったハムテルと二階堂は、冬の間の牛の食糧であるサイレージ作りを手伝うことに。
サイレージ作りは、塔の中で上から降って来る草を踏み固める重労働で、見た目にはまるで黒ミサのよう。
「いいサイレージはオレンジのにおい いいサイレージは牛が喜んで食べる」
呪文のように呟きながら作業をしていると、意識が朦朧としてきて、ハムテルたちはつい自分たちが黒ミサの生贄のように思えてきた。
しかもそんなときに、昔菱沼さんが牛に毒を盛ったという噂を聞き……。
菱沼さんの子ども時代が明かされるとともに、牧畜の苦労が垣間見えるエピソードだ。
動物少女まんがのススメ
動物と少女まんがは密な関係にある。
古くは1950年代に大ヒットした少女と愛犬の話、山田えいじさんの『ペスよおをふれ』や、ダムの底に沈んでしまった谷の動物たちを描いた手塚治虫さんの『とんから谷』など。
動物と人間の関わりはしばしば少女まんがのテーマになってきたのだ。
まずは『動物のお医者さん』を楽しんで、あなたが動物好きなら、その後ぜひ他の動物もの少女まんがにも手を伸ばしてみてほしい。
犬好きならきらさんの『まっすぐにいこう』もオススメだ。
もちろん、まんがに登場する動物がいくらかわいくても、生き物を飼う際にはよく検討した上で責任を持って飼うことを忘れずに!