私の今いるこの場所を、刀を佩いた武士たちが闊歩していた時代があった。そう聞いてもあまり現実味がないけれど、決してフィクションなどではない。
鎌倉時代、室町時代、安土桃山時代、江戸時代…
当時を生きた人々の痕跡は、現代まで数多く残されている。神社仏閣やお城、墳墓群に絵画や仏像。それらは、「今」しか生きることのできない私たちを、深く広い歴史の海に誘ってくれるものだ。
最近は、休日に家族で武士の時代の痕跡を巡っている。まだ、歴史の浅瀬につま先を浸した程度だけれども、知れば知るほど面白い。
今回は、そんな歴史探訪の試みについて書いてみようと思う。
東京国立博物館を訪れる

日本の歴史を知るにあたって、まず訪れたいのは上野にある東京国立博物館、通称“トーハク”だ。国宝や重要文化財が多数展示されており、解説も充実している。もちろん、刀や鎧、茶道具など、武士の時代の名品も多い。
トーハクには年間パスポートもあり、大人は2,500円で1年間平常展を観覧できる。年間パスポートを購入したことで、いつでも散歩のような気軽さで博物館を訪れることができるようになった。
上野動物園からの帰り道に少し立ち寄り、各時代の空気を感じながら展示室内をぷらぷらと歩く。気になった展示品があれば足を止め、じっと観察する。なんだか、本当に過去に迷い込んだかのような気持ちになれるのがいい。
また、我が家では、1月2日にトーハクに行くという“トーハク詣”が定番になった。目当ては、毎年1月前半に期間限定で公開される長谷川等伯の『松林図屏風』だ。安土桃山時代に描かれた水墨画で、力強さと儚さをあわせ持つ。
長谷川等伯は、豊臣秀吉に重宝された絵師。屏風の前に立つと、当時の武士たちの美意識に触れられるような気がする。
城を訪れる

先日、小田原方面へ行く用事があったので、小田原城にも立ち寄った。訪れたのは約10年ぶりだった。
小田原城は、戦国大名の北条氏が本拠地としていた城だ。北条氏、というと鎌倉幕府の執権だった鎌倉北条氏が頭に浮かぶが、まったく関係はない。区別するために、“後北条氏”や“小田原北条氏”と呼ばれることもある。
天守閣には複数の展示室があり、小田原城の歴史が丁寧に紹介されている。この城は1590年に豊臣秀吉によって包囲され、3ヶ月あまりで陥落した。のんびりとした観光地が、400年以上前には戦いの場だったなんて、にわかには信じられない。
天守閣の展望デッキからは、小田原城の周囲をぐるりと臨むことができる。かつてここから見えた景色は、まったく違うものだっただろう。ビルがなく、木々が茂っている様子を想像してみるが、いまいちうまくいかない。
きっと、朝焼けや夕焼け、星空などが今よりももっと綺麗に見えたはずだ。そんな景色を眺めながら心穏やかに過ごせる時間など、戦乱の世にはなかったのかもしれないけれど。
神社仏閣を訪れる

関東で武士の時代に触れられる場所といえば、まず挙がるのが鎌倉だろう。源頼朝によって、鎌倉幕府が開かれた地だ。私が学生だった頃は、「いい国作ろう鎌倉幕府」の語呂合わせとともに、鎌倉幕府の成立は1192年と習ったが、今は1185年になっているらしい。1185年は、源頼朝が守護・地頭を全国に配置した年だという。
鎌倉を代表する神社といえば鶴岡八幡宮だが、敷地内にある鎌倉文華館 鶴岡ミュージアムに行くと、鎌倉時代のことが本当によくわかる。解説が充実していて、おすすめできる展示だ。
散歩がてら、鎌倉五山を歩くのも楽しい。五山といっても山ではない。鎌倉時代に武士階級に支持されていた、禅宗の寺院だ。5ヶ所の距離が離れているため、すべてを巡ろうと思えば一日がかりになる。紅葉の時期が特におすすめだ。
墓を訪れる

鎌倉の隣の逗子には、中世に造られた横穴式墓群であるまんだら堂やぐら群がある。150穴以上が確認されている大規模な集団墓地で、武士や僧侶を埋葬したと考えられている。保存のため、公開されるのは春と秋のみ。名越切通を進んだ先にある、神秘的な雰囲気を纏った貴重な遺跡だ。
ちなみに、切通とは山を切り開いて作った道のこと。名越切通も、物資や人々の往来のために、鎌倉時代に交通路として整備されたようだ。
切通を実際に歩いてみると、道というより山そのものである。ここを行き来するだなんて、昔の人々はどれほど体力があったのだろうか。
歴史小説を読む
さまざまな史跡を巡っていると、歴史をさらに勉強したくなる。歴史に詳しくなれば、城や寺社仏閣などを今以上に楽しめるだろうな、といつも思っている。
とはいえ、教科書を一から読むのも大変なので、歴史小説を手に取ることが多い。これまでいろいろと読んできたが、伝記的なものよりも、一風変わった切り口の歴史小説が印象に残っている。
最近読んで面白かったのは、直木賞受賞作でもある今村翔吾さんの『塞王の楯』だ。戦国時代が舞台の小説というと武士が主人公となりがちだけれど、『塞王の楯』は城の石垣を作る“石垣職人”と、“鉄砲職人”に焦点を当てている。武士による戦いの裏に、職人同士の熱い戦いがある。読み終えてから城巡りをすると、石垣ばかり見てしまうこと間違いなしだ。
米澤穂信さんの『黒牢城』は、歴史小説にミステリーが掛け合わされている。こちらも、直木賞受賞作だ。主人公は、織田信長に叛旗を翻して籠城した荒木村重。城内で次々に発生する謎に迫っていく様は、純粋にミステリー小説として面白い。さらに、史実に基づく戦況の変化が、作品に厚みをもたらしている。
おわりに
武士の世が、本当に実在していた。そのことが未だに信じられなくて歴史探訪を続けている気がする。この平和な日本で暮らしていると、想像することが難しい戦いの時代。
彼らは、一体どのような感性で物事を捉えていたのだろうか。彼らのレンズを通して見た世界のことを、もっと知りたいと思っている。




