左利きだけど筆ペンと友だちになりたい。“ブラシレタリング”という選択

ノートに「left handed brush lettering」と書いている様子。

わたしは左利き。左利きが苦手なもののひとつとして、小筆がある。左手で書くと、とめ・はね・はらいが運筆の関係で上手く書けない。逆に、利き手ではない右手で書こうとすると手が震えてしまう。

社会人になっても、のし袋や芳名帳の書き込みがあり筆ペンは避けられない。そんなわけで、わたしにとって筆ペンはなるべく距離を置きたい知人のような関係である。 しかし、筆ペンを使ってデザインされたアルファペットを書くブラシレタリングと出会い、考え方が変わったのだ。

わたしのこと

  • 年齢:30代
  • 性別:女
  • 職業:ライター
  • ライフスタイル:誰かと同居、インドア派、リモートワーク/左利き、手書きが好き

習字の授業、左利きは小筆で震える

学生時代、習字で毛筆の授業を受けたとき、左利きの人が苦戦する姿を見たことはあるだろうか。左利きの人は毛筆が苦手な人が多い。理由は、漢字は右手で書くことを前提に作られているためである。

左手で書こうとすると、右手の筆の動きに合わせて作られた動作や、とめ・はね・はらいなどの処理が逆になり、線が安定しにくい。横画は左から右に押すように書くので、筆の穂先が曲がりやすくなってしまう。

だからといって、利き手ではない右手で書こうとすると、筆を持つ手が震えてしまうのだ。軸に太さがあり、大きな文字を書く太筆なら何とか使えるのだが、軸が細く、小さな文字を書く小筆はなおさら難しい。

わたしは左利きだったので、毛筆の時間、小筆を振るわせながら「夕(ゆう)っていう名前になりたい」と思う。作品に添える名前の画数を少しでも減らしたいのだ。

社会人になっても筆ペンからは逃げられない

社会人になって「毛筆の授業から解放された!」と思ったら、次の問題がやってきた。のし袋の書き込みである。習字の筆のような“毛筆タイプ”の筆ペンで結婚式のご祝儀袋に書き込むのはやっかいだ。用紙が何枚もあるわけではないので一発勝負。結局、納得のいかない文字が上袋に並ぶ。

その上、地方在住のため法事の参加率も高めだ。それに伴って、香典袋を用意する機会も多くなる。結婚してからは、筆ペンを使わないように、なるべく右利きの夫に書いてもらっている。

“ペン先がフェルトペンタイプの筆ペン”を見つけてからは、だいぶ楽になった。左手で書いても、フェルトペンなので“毛筆タイプ”の筆ペンのように穂先は広がらない。なのに、仕上がりは筆文字のようになるのだ。とはいえ、とめ・はね・はらいなどの処理は、右手を使ったときのように、きれいには書けないのだが。

式典の芳名帳に“毛筆タイプ”の筆ペンが添えられたときも困った。受付の人を前にして、右手で書くか左手で書くか迷う。どちらの手で書いてもいまいちな仕上がりになるのはわかっている。苦い経験から学び、途中から“ペン先がフェルトペンタイプの筆ペン”を持参するようになった。

それでも、わたしにとって小筆や筆ペンは、苦手な知人のような存在だ。目の前にいてもうまく接することができないので避けてしまう。そんなとき、「筆ペンを使ってみたい、仲良くなりたい」と思える商品と出会った。

懐かしのミルキーペンカラーの筆ペンを使いたいけど…

2022年9月に、ぺんてるから『ミルキーブラッシュ』という毛筆タイプの筆ペンが発売された。この『ミルキーブラッシュ』のインクは、1996年にぺんてるから発売された『ハイブリッドミルキー』、通称『ミルキーペン』の色合いをそのまま仕立てたような製品なのである。
(参照:思いのままに描ける筆ペン“あのミルキー”が「ミルキーブラッシュ」になるまで

これまでのボールペンのインクは、黒や赤などの色が中心だったが、『ミルキーペン』はミルクを加えたようなパステルカラー。いちごみるくのようなピンクや春の空のようなパステルブルー、当時小学生だったわたしは、これまでにないペンの色に夢中になった。

思い返せば、わたしが文具好きになったきっかけのひとつである『ミルキーペン』。懐かしさのあまり、『ミルキーブラッシュ』を使ってみたくなったのだ。

文具店の試筆用のペンを手に取り文字を書いてみる。穂先が大きくしなる。不安定な線をいくつか引いた。その結果、『ミルキーブラッシュ』を購入するのをやめてしまった。左利きでも、絵を描く用途なら利き手は関係ない。でも、わたしの場合は、線すらまともに引けない筆ペンを使いこなせるか不安になってしまったのである。

“ブラシレタリング”なら左利きでも書けるのでは?

わたしに、ガラスペンや万年筆など、さまざまな文具を使ってデザインされた文字を書くハンドレタリングブームがやってきた。そのとき、筆や筆ペンを用いてアルファベットを書くブラシレタリングという手法を知る。筆圧の加減によって線の強弱を変えながら、文字を表現するのだ。

ブラシレタリングは、パッケージデザイン、壁やガラスなどの装飾に使われている。メッセージカードや手帳への書き込みなど、趣味としても人気が高いそうだ。そういえば、『ミルキーブラッシュ』の作例にも使われていたっけ。

わたしは、人が書いた文字を見るのも好きなので、読み物としてブラシレタリングの書き方の本を眺めてみる。

いくつかの本は「左利きでもブラシレタリングはできますか?」という問いに対して、「工夫は必要だが、利き手は関係なく書ける」という内容が回答されていた。「ブラシレタリングなら、左利きでも筆ペンが使えるってこと?」一度あきらめかけた筆ペンを使えるかもしれない。

スマホの時間を基本ストロークの練習時間に置き換えろ

基本ストロークを練習しているメモ帳と筆ペンが置かれている様子。

ブラシレタリング初心者には、筆圧がコントロールしやすい“ペン先がフェルトペンタイプの筆ペン”がおすすめだそう。“毛筆タイプの筆ペン”は穂先のコシが弱いため、筆圧のコントロールが難しいのだ。(参照:bechori(2021).『筆ペンとサインペン&ボールペンからはじめる まいにち使えるハンドレタリング』.株式会社KADOKAWA,p34~p35)

わたしはてっきり、右利きだったら簡単にブラシレタリングができるものだと思い込んでいたが、利き手を問わず、筆圧のコントロールには練習が必要なのだ。“ペン先がフェルトペンタイプの筆ペン”で練習すれば、ゆくゆくは“毛筆タイプの筆ペン”も使えるかもしれない。

ブラシレタリングには、基本ストロークという文字を構成するための基本線がある。線が引けるようになると、アルファベットが書けるようになるのだ。わたしは毎日、時間がないときは基本ストロークのみ、時間があるときは基本ストロークとアルファベットを練習することにした。

時間には限りがある。1日はたった24時間しかない。そこで、リビングに手のひらサイズの方眼メモ帳と、ぺんてるのフェルトペンタイプの筆ペン『筆touchサインペン』を置いた。ふとした空き時間、スマートフォンでSNSチェックしたくなったとき、すかさず練習。隙間時間にちょこちょこ手になじませる作戦だ。

ブラシレタリングで左利きが気をつけたいこと

SNSで見つけた、左利きでブラシレタリングしている方の動画を参考にし、実際にわたしが練習したことで気づいたことがある。

左利きの方は、習字の時間、小筆を振るわせた経験から、筆ペンを安定させるため先端側を持ちがちだ。しかし、ブラシレタリングの場合、ペンの先端側を持って書くと可動域が狭まり線に強弱が出ない。ペンの1/3ぐらいの位置を持つことを、右利きの人以上に意識すると良いと思う。

また、左利きの人は、横画を描くときに左から右に線を引くと、ペン先が押すように動くので書きづらいときがある。アルファベットは習字の“とめ”のような処理はしなくていいので、穂先の広がらない筆ペンを使うときは、横画をあえて右から左に引くように線を書いた方が楽である。

そもそも、趣味のひとつとしてブラシレタリングを始めたのだ。自分の書きやすい方法で、楽しく書ければ問題ないのだと個人的に感じた。

“苦手なもの”が、手段や見方を変えると“仲良くなる”

Thank Youとブラシレタリングで書いてある方眼紙。
左:ブラシレタリングを練習した当初の文字 右:ブラシレタリングを1か月練習したときの文字

基本ストロークの練習を続けると、筆ペンでも安定した線が引けるようになっていく。苦手意識がなくなったので、筆ペンで絵を描いたり、習字の“とめ・はね・はらい”を気にせず文字を書いたりするようになった。何より、筆ペンを使うのが楽しくなったのだ。

わたしは先入観で「左利きは筆ペンを楽しく使えない」と思っていたが、ブラシレタリングという手段に変えたら親しみを持って使えるようになった。仲良くなれなかった筆ペンとも、今ではすっかり友だちだ。一度は購入をやめた『ミルキーブラッシュ』も手に取り、練習するようになった。

「苦手なものだけど、手段を変えたら好きになれる」ということや、「苦手な人でも、見方を変えたら仲良くなる」ことが他にもあるのかもしれない。少しでも興味があったら、手を伸ばしてみる勇気を忘れないようにしたい、と思うのだった。

杉浦百香

ライター。女性向けや企業メディアのSEO・コラム・レビュー記事を執筆。なかでも、日用品を中心としたモノ系記事を多く担当している。左利きの文具好き。