冬。あまりの寒さに、つい家に引きこもりがちになってしまうこの季節は、読書が捗る。
手に取りたくなるのは、張りつめた冬の空気を感じられるような本だ。わざわざ寒い季節に凍えてしまいそうな本を読むなんて酔狂なようにも思えるが、描かれた世界をリアリティを持って想像できるところがいい。夏に読むと、そうはいかないのだ。
今回は、触れただけでひんやりとした冷たさを感じるような、“冬に読みたい本”を4冊紹介する。
『生還者』下村 敦史(講談社文庫)

ハリケーンじみた猛吹雪に一寸先も閉ざされていた。獣の咆哮を思わせる暴風雪が吹き狂い、無数の白い牙が噛みついてくる。厚手のウェアも目出し帽もぼろきれのように切り裂かれそうだ。
世界第3位の標高を誇る高峰、カンチェンジュンガ。一種の閉ざされた空間ともいえる雪山で、主人公の兄は雪崩に巻き込まれて命を落とした。兄の遺品のロープが切断されていたことから、「ただの事故ではないのではないか」と疑念を抱く主人公。本作は、彼が兄の死の謎を追っていくミステリー小説だ。
雪山の様子が下村さんの圧倒的な筆力で描き出され、まるで自分もその白銀の地面を踏みしめているかのような錯覚を呼び起こす。荒れ狂う自然を前に、耐えがたい寒さや息苦しさを感じずにはいられない。
もちろん、ミステリーとしても一級品だ。何度も予想を裏切られ、ゾクッとさせられる。伏線の回収も鮮やかだ。
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『空へ 悪夢のエヴェレスト 1996年5月10日』ジョン・クラカワー(ヤマケイ文庫)

時速一三〇キロの突風に運ばれる雪粒が、顔面に突き刺さる。肉体の露出部分は、たちまち凍りついてしまう。二〇〇メートルたらず向こうのテントが、ホワイトアウトを透かして見え隠れしている。
こちらも雪山が舞台の作品だが、『生還者』とは異なり、ノンフィクションである。1996年に、世界最高峰のエベレストで大量遭難事故が発生した。このとき登頂し無事に帰還したジャーナリストによる、事故の詳細な記録が本書だ。
クライマーだからこそ書けるリアルな雪山の描写に息が詰まる。読み終える頃には、過酷なエベレスト登山を追体験したかのように、身体の芯まで冷え切っていた。
本書は、登山の営利事業化がもたらすリスクに対する鋭い批判も含んでいる。極限状態におけるいくつもの意思決定が、結果的に悲劇を招いてしまった様子が赤裸々に綴られ、痛ましい限りだ。その一方で、登山の持つ抗いがたい魅力をも教えてくれる。
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『熱源』川越 宗一(文藝春秋)

海は白く凍ってどこまでも続き、遠くには森が黒く横たわっている。空は薄い灰色の雲に覆われている。色彩すら凍りついたような広大な世界を、ヤヨマネクフを乗せた犬橇だけが走っていた。
『熱源』は、第162回直木賞を受賞した歴史大作だ。舞台は樺太。この地で生まれたアイヌ、ヤヨマネクフは北海道への集団移住を余儀なくされるが、再び故郷へ戻ることを決意する。もう一人の主人公、ポーランド人のブロニスワフ・ピウスツキは無実の罪で樺太に送られる。
故郷を奪われ、アイデンティティを揺るがされた主人公たち。彼らは、物語を通して、「自分は何者なのか」「人間には何ができるのか」という問いを強く訴えかける。
生きているうちにもう一度帰りたい故郷である樺太を、「熱源」と呼ぶシーンが美しい。その描写に凍えてしまいそうなほどの極寒の地であるにも関わらず、なぜか「熱い」。読み進めるうちに、自分の心にもその熱が伝播する。
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『鵼の碑』京極 夏彦(講談社)

迚も冷えていた。山際の村外れは既に人家も疎らである。建物と建物の間には雪に紛れた枯れ草が戦いでいる。景観からして寒寒しかった。幸い晴天で、気温自体はそれ程低くないと思うのだが、遮るものがないので風が身に沁みる。寒さも一入と云った感じである。
ミステリー小説「百鬼夜行シリーズ」ファン待望の最新作『鵼(ヌエ)の碑』が、2023年に発売された。『邪魅の雫』以来、シリーズでは17年ぶりの書き下ろし長編となる。
情景描写がそれほど多いわけではないのだが、全編を通して寒々とした印象が残る物語だ。特に、温泉地である日光の冷たい空気がリアルで、京極作品特有のひたひたと迫り来るような不気味さに拍車をかけている。
シリーズの主要な登場人物がそれぞれ直面する、一見関係なさそうな事件が、次第につながっていく様は見事。その分厚さから“レンガ本”と呼ばれるほどのボリュームは今作も健在だが、続きが気になりすぎて、あっという間に読み終わってしまうこと間違いなしだ。
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おわりに
今回は、寒さの描写が印象的な本を4冊紹介した。
できるだけ作品の舞台に近い環境で読書をすることで、より没入感を得ることができる。家での読書時間の合間にも、時々窓を開けて肌を刺すような空気の冷たさを感じながら、ぜひページをめくってみてほしい。