平成のまんが家にも好きな人がいる
これまで『わたしを作った少女まんがの話』と題して、幼少期から大学生までの間に出会って多大な影響を受けた、さまざまな昭和の少女まんがをご紹介してきた。
今回は番外編として、昭和の少女まんが家以外でお気に入りの作家を3名取り上げる。
きっかけはバイト帰りの寄り道
前回、大学時代に学校で出会ったまんがの話をした。
今回ご紹介するまんが家たちも、知ったのは大学生の頃だ。
ただ、出会いの地は学外、バイトの帰りにちょくちょく寄っていた古本屋である。
思い出の地・渋谷
かつて渋谷のセンター街にブックオフがあった。
ちょうどバイト先から駅へ向かう途中に位置していたこの店が、わたしの思い出の店である。
規模はそれほど大きくなかったと思うが、ハイセンスな本や一風変わった本が散見され、しかも大抵安価だった。
この店の、A5サイズのワイド版コミックコーナーが、お決まりの立ち読みスポットだった。
なぜワイド版コミックかと言うと、新書サイズのコミックスの通路はいつも人がたくさんいて、入っていく気になれなかったから。
そんなわけで、ワイド版コミックの棚で目についたまんがを立ち読みして、好みだったら買って帰る。これがバイト後のルーティーンだった。
ちなみに、ブックオフの近くにはまんがメインのオタク向け商品の中古販売店、まんだらけ渋谷店もあり、こちらは現在も営業中だ。
当時からまんだらけにもお世話になっていたが、あちらは基本的に本がビニールに入れられていて中身が見えない。
そのためわたしにとっては、新しく作家に出会う場と言うより、ほしいまんがを買いに行く意味合いが強い場所である。
古本屋の存在を意識する
今でこそブックオフやまんだらけ以外の、中小の古書店にも日常的に足を運んでいるが、大学生だった当時は超大手古本屋のブックオフさえ馴染みがなかった。
古本屋という存在をあまり意識していなかった原因には、家の近所になかったことが大きいと思う。
それがいつもの道で通り掛かるなじみの店になり、いつしか足繫く通うようになった。
ブックオフに並んでいるのは古本とはいえ新しめの本が多いが、やっぱり新刊書店の品揃えとは違う。
それまで同時代の作家やまんがに興味がなかったのが、“誰かが買って読んだもの”として並んでいると、不思議と気になるようになった。
それに、新刊書店にもあったのかもしれないけれど、気付いていなかった本も沢山あった。
もちろん絶版になっていない本は、新刊で買って作家に貢献することも大切だ。
立ち読み自体も、賛否両論あるだろう。
けれどそれはそれとして、渋谷のあのブックオフは、思いがけない出会いをくれた大切な場所だ。
あの頃あそこで素晴らしい作品や作家に出会えたことが、わたしの古本屋好きの原点にもなっていると思う。
新たに出会えたまんが家たち
そうして渋谷のブックオフで出会ったまんが家が、楠本まきさん、鳩山郁子さん、藤原薫さんの3名だ。
この方たちは少女まんが家ではなかったり、平成になってから本格的に活動を始めていたり、それまでのわたしの世界には存在しなかったタイプの女性作家だったが、店頭でページをめくった途端に心を掴まれ、今もずっと好きな人たちだ。
楠本まきさん
楠本まきさんは1984年に少女まんが誌でデビューした後、1988年から連載を開始した『Kissxxxx』がロリータファッションやゴシックロック系のバンドをモチーフに、ゴシックな世界を描いたことでカルト的な支持を得る。
徐々に一般的な少女まんがから実験的なまんがへと変化していき、ゴシックミステリ『Kの葬列』や、鮮烈な色彩と映画のようなコマ割りが印象的な『致死量ドーリス』などを発表した後、レディースコミックなど少女まんが以外のフィールドに移った。
2000年代からはイギリスと日本の二拠点で活動しており、イギリスに関するコミックエッセイなども手掛けている。また近年ではフェミニズムやマイノリティといったテーマを取り上げ、現代社会の抱える課題に直接切り込んでいく作品を発表している。
『Kissxxxx』の頃と今では作風に違いがあるものの、スタイリッシュでデザイン性に優れた構成と絵柄や、作品に漂うデカダンな空気など、絵や雰囲気で魅せるまんがであることに変わりはない。
わたしが初めて楠本さんに触れたのは、先程も名前を挙げた『Kの葬列』という作品。
細い線と大胆なベタで描かれた、耽美な世界観に、一瞬で虜になった。
物語の舞台となるアパートに住む一風変わった住人たちや、謎の言葉モルクワァラなど、見た目だけでなく内容も魅力的。
楠本まきさんを初めて読む方にもおすすめの1作だ。
鳩山郁子さん
鳩山郁子さんは1987年に、青林堂の『ガロ』でデビューした。
『ガロ』は時代に囚われないアングラや個性派なまんがを扱うことで知られた雑誌で、鳩山さんのまんがも扱うモチーフや空気感が他とは一線を画しており、独特な魅力がある。
『ガロ』が廃刊になった後も、元青林堂編集部員によって立ち上げられた出版社、青林堂工藝舎から単行本を出している。
まんが以外では小説家・長野まゆみさんの挿絵やヴィジュアル系バンドBUCK-TICKのグッズにイラストを描き下ろすなど、イラストレーターとしても活躍されている。
わたしにとって鳩山郁子さんの一番の魅力は、作中に出てくる不思議なモチーフの数々だ。
纏足や伝書鳩など非日常的なキーワードに知的好奇心を刺激され、読んでいると知らない場所へ迷い込んだ気持ちになる。
またモチーフが、牡蠣の殻だとかどんぐりだとか、日常にあるようなものでも、鳩山さんの手に掛かると特別なものに思えてくる。
絵の耽美さも相まって、どのページを開いても何かとてもきらめいて見えて、ときめきが止まらない。
また、登場人物には憂いのある美少年が多いのも特徴的だ。
ほんのりとボーイズラブの香りが漂うこともしばしばだが、少年たちの間に直接的なエロスはなく、硬質な印象を受ける描き方にも好感が持てる。
最初に読んだのが何だったかは忘れてしまったが、どの作品も完成度が高く独自の世界観に浸れるのでおすすめだ。
少女まんがではないけれど、絵柄も内容も少女まんが好きにも刺さる内容だと思う。
ちなみに最新作は2020年に、小説家・堀辰雄さんの『羽ばたき Ein Marchen』のコミカライズが出ている。
藤原薫さん
藤原薫さんは、今はなきソニー・マガジンズの少女まんが雑誌『きみとぼく』でデビューした作家だ。
同誌で吸血鬼と輪廻転生を掛け合わせた、代表作である『おまえが世界をこわしたいなら』を連載するなどした後、レディースコミック誌『FEEL YOUNG』で活動を始める。
寡作な作家で、近年の活動も不明だが、数年前に『夜の魚』という単行本を幻冬舎コミックスから出している。
藤原薫さんの作品には、美しく整った人形のような顔をした男女の恋愛を描いた作品が多い。
少し不思議で切ない余韻の残る話と、エロティックで退廃的な話が軸になっている作家というイメージだ。
実は藤原さんには“かなり絵が下手”という欠点がある。
特に指が描けないのと、各作品の主人公の顔がどれも同じで見分けがつかないのが気になって仕方ない。
しかしこの欠陥を補ってあまりあるほど、作品の持つ雰囲気や物語のアイディアが好みで、出会ってからこれまで何度も読み返してきた。
最初に読んだのは『おまえが世界をこわしたいなら』。
こちらも好きな作品だが、わたしは短編集『昔の話』が特にお気に入りだ。
違う世界に住むふたりが夢を通じて繋がる話や、体がパンになる話など、通底する暗さと不思議な設定が心に残る。
万人におすすめはできないが、刺さる人には深く刺さること請け合いだ。
発見の喜び

大学で出会った少女まんがをご紹介した、シリーズの前記事で言ったことと重なるが、自分が心からいいと思える作品に出会えると嬉しい。
膨大な本の中から、自分にぴったり合うものを選び取ったときの喜びは、とても一言では言い表せないものがある。
“ディグる”を知る
数あるものの中からいいものを発掘することを表す、ディグるという言葉がある。
“掘る”を意味する英単語digからきており、もともとはDJが数あるレコードの中から良曲を探し出すことを指して使っていたこのスラング。
わたしにとって、コミックコーナーで自分好みそうなまんがを物色する行為は、初めて“ディグった”体験だ。
数あるまんがの中から、これぞというものを見つけ出したときの感動はひとしおだった。
また、1作好きなものが見つかれば、あとは同じ作者、同じレーベル、影響を受けた作品…と数珠つなぎに別の作品が現れてくるのも、ディグる醍醐味である。
お気に入りの見つけ方
渋谷のブックオフでお気に入りの作品にいくつも出会って、わたしは古本屋が大好きになった。
定期的に通うお店もある他、街を歩いていて古本屋を見掛けたら、とりあえず立ち寄るようにしている。
特に今集めている昭和の少女まんがは絶版になっていることが多く、新刊書店では手に入らない。古本屋の棚を隅から隅まで見て、ほしい作品や気になる作品がないかチェックする。
もちろんインターネットを使って購入する場合もあるが、実際に自分の手足を使ってゲットしたまんがには愛着もわくので、古本屋巡りでディグるのは欠かせない。
そうして手に入れたまんがが、すべてお気に入りになるわけではないけれど、リアルでもインターネットでも、しっかりアンテナを立てておけばお気に入りの作品に出会える可能性がぐんと高まる。
発見の喜びを味わいたくて、今日もまんが探しのアンテナを立てる。
わたしはこれらのまんがに作られた
池田理代子さんの『ベルサイユのばら』から、今回ご紹介したまんが家たちまで、シリーズ・わたしを作った少女まんがの話で取り上げた数々の作品が、わたしの基礎になっている。
次回からはまんが人生の第2ステージ、社会人になってから出会った昭和の少女まんがをご紹介していこうと思う。
まだまだご紹介したい作品が沢山あるので、これからもお付き合いいただけたら!
どうぞよろしくお願いします。