「好きな季節」は移り変わって

好きな季節は夏、だった。

ところが、夫と出会ってから冬が好きになった。キンと冷え切った空気の中で楽しむキャンプ。降るような星空。

そして今は、涼しい風に吹かれながら、子どもと外でのんびり過ごせる秋が好きだ。

好きな季節が、時とともに移り変わっていく。そのことが、なんだかとても愛おしく思える。

夏が好き

子どもの頃から、好きな季節は夏だった。

夏は音が多い。蝉の声に、夕立の音。花火や盆踊り。プールでのはしゃぎ声。賑やかで、活気に溢れている。

生ぬるい空気が、あらゆるものの匂いを強調する。好きだったのは、雨上がりの土や草の匂い。湿った風が網戸の向こうから部屋に流れ込んでくる。胸いっぱいに吸い込むと、なぜか少し切ない気持ちになった。

夏の楽しみは、もちろん夏休み。何をしよう、どこへ行こう、と心をときめかせていた。宮城と長野にある、祖父母の家に滞在するのもこの時期だ。ザリガニを獲ったり、セミの抜け殻を集めたり。都会ではできない体験にワクワクした。

日が長いから、夜が近づいてきても寂しくなかった。眠ってしまうのももったいないぐらいで、ずっと駆け回っていたかった。そんな、生命力に満ちた季節が、夏。

冬が好き

ところが、社会人になってすぐに出会った夫は、夏が嫌いだった。「暑くてベタベタするから嫌」らしい。

海やプールが嫌い。混雑するお祭りや花火大会も嫌い。とにかく夏に向いていない人だ。

新潟県出身の彼が好きな季節は、冬だという。寒さに強く、冬でも半袖を着ている。見たことはないけれど、スノボが大得意らしい。

私は冬が嫌いだった。だって、寒くて暗くて、すべてのエネルギーが奪われてしまうような気がするから。布団から出るのも辛いし、服を何枚も着ないといけないのも鬱陶しい。ウィンタースポーツは怖くてつまらない。

そんな私の考えを変えてくれたのは、夫と行った冬のキャンプだった。

標高1,400メートル。雪の上にテントを張る。車から降りた瞬間は凍えそうだったのに、厚着をして動いていると、いつの間にか寒さを感じなくなっている。

冬の山は静かだ。静かすぎて、耳が痛くなる瞬間があるぐらい。自分たちの動く音が、一面の雪に吸い込まれる。時折、遠くで鳥が控えめに鳴く。

夜、暖かなテントから出ると、露出した顔があっという間に冷える。その感覚は、意外と心地よくて癖になる。星が一番美しい季節は冬だ。何の音もしない静かな夜に、雪の上に立って空を見上げる。懐中電灯を消すと、数え切れないほどの星が降ってくる。

夏の暑さは、冷房の効いた部屋に逃げ込むぐらいしか耐えようがないけれど、冬の寒さはいかようにもできる。しっかり着込めば、外で1日中快適に過ごすことだって可能だ。夫が「冬が好き」と言う理由が理解できるようになり、いつしか私の好きな季節も冬になっていた。

秋が好き

でも、もし今「好きな季節は?」と聞かれたら、私は「秋」と答えると思う。

今年の2月に生まれた息子とは、まだ1年を過ごせていないけれど、秋になった今が一番快適に遊べていると思う。公園に出かけて、芝生にレジャーシートを敷き、涼しい風に吹かれながら息子とごろごろする。

夏は、本当に過酷だった。息子とふたり、汗だくになりながら出かけた。5分歩くだけでも倒れてしまいそうだった。抱っこ紐の中で、顔を真っ赤にしている赤ん坊。本当に、命の危険を感じた。

私が子どもの頃に好きだった夏は、もう姿を消してしまったのだと思う。夏の風物詩だった夕立も、ゲリラ豪雨に姿を変えてしまった。

せっかくのいい天気なのに、どこにも行けずに家に閉じこもる。外は“危険な暑さ”だからだ。冷房の効いた部屋はしんと静まりかえっていて、私は息子と一緒にぼんやりしていた。本当に、ぼんやりとした夏だった。

聞けば、保育園では6月下旬から9月頃までほぼ外遊びができなかったという。太陽の下を半袖で駆け回って、たくさんの匂いや音に触れる夏を、今の子どもたちが楽しめないのは残念なことだ。

9月。涼しい風が吹き、ようやく外に出やすくなった。公園へ、動物園へ。朝から晩まで外で遊ぶことができる。夏の間に溜まりに溜まったエネルギーが爆発する、秋。

息子は芝生の上で自由に動き回り、落ち葉をつまんで興味深そうに眺めている。目を話した隙に口に入れてしまい、慌ててかき出す。風が、彼のやわらかな髪の毛を揺らす。なんだか急に胸がいっぱいになって、抱きしめる。

最近の私は、息子と次はどこへ行こうか、ということばかり考えている。この過ごしやすい季節が終わってしまう前に、あちこちを駆け回りたい。

おわりに

季節の移り変わりは、人の感情を揺さぶる。ときめいたり、切なくなったり。四季があるおかげで、日々が詩情に満ちる。

秋はきっと短くて、すぐに冬がやってくるだろう。夫婦で楽しみつくした冬。息子と迎えるのは、初めての冬。

次の冬を、今の私は好きになれるだろうか。きっとなれる。そう思う。

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東樹詩織

食や旅の領域でPR・ブランディングに携わる傍ら、執筆活動を行う。アートと本にのめり込み、「as human footprints」名義でZINE出版を開始。写真と動画の撮影・編集も。最近の関心事は、アジア各国のカルチャー、映画、海外文学、批評、3DCG、AI。キャンプ好きが高じて、東京↔︎信州・上田で2拠点生活中。