もう食べることができない、幸せな味の思い出

私は食い意地が張っているし、食に貪欲な人間だと思う。食欲のない日なんてものはほぼないし、常に食べたいもの・行きたい飲食店を頭に浮かべて、よだれに溺れかけている。いつか食べてみたいものを考えて、ネットや雑誌で調べる時間は至福そのものだ。

しかしそのなかでも、特に思いを馳せてしまうのは、もう食べることができないもの

それは、暖簾を畳んだ店の名物料理やアレルギーを発症する前によく母が作ってくれたエビ料理…。度々思い出しては、懐かしさと恋しさに浸る。時代や体質の変化で食べられなくなってしまったものは増えたけれど、そのおかげでたくさんの味の思い出ができた。

きっと誰しもが持っているであろう、懐かしき味の思い出たち。それは、味だけでなく風景や会話やそのときの気持ちなど、食べたときの情景すべてが美味しさとして記憶されているのだと思う。

私の幸せな味の思い出3選

私は食べることが好きなのと同じくらい、食べ物の話をするのも好きなので、この場を借りて大喜びで味の思い出をシェアしたい。

味の思い出その1 子ども時代のおやつは「野に生えたもの」

私の実家は、高知県のとある小さな町。最寄り駅はもちろん無人で、道沿いには信号もなく、コンビニもない(コイン精米所はいくつもある)。人口100人にも満たない、胸を張ってド田舎と言える地域である。

そんなド田舎で暮らす子どもの楽しみはというと、山を走るか川で泳ぐかなにか食べるか…冗談抜きでそれくらいであった。一番近いスーパーへも車でないと行くのが難しかったので、親と一緒に出かけたときに買ってもらったお菓子を少しずつ大事に食べた。

あの頃はお菓子だけでなく、季節の植物や果物も立派なおやつだった。春にはイタドリや木苺、さくらんぼに似たユスラウメを食べ、夏にはヤマモモやスモモ、秋には柿やアケビ、冬にはひがしやま(干し芋)を食べた。ひがしやま以外は、野に自生しているものを自分たちで探して採って、服で拭いたり山水で洗ったりして食べていた。

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イタドリやアケビがスーパーで売られているのを見たことがなかったので、草むらへ分け入り、カヤ(すすきの葉)で手を切ったり、虫に刺されたりしながら、必死に掴み取らねば手に入らないものだと思っていた。

そして、虫や動物たちの旬を察するスピードはすごい。彼らとの争奪戦に勝利するために、学校帰りによく友だちと作戦会議をしたものだ。会議の内容は、今日のおやつの生育具合と最適な収穫タイミングについて。そして急な斜面や木の上のほうに生えているおやつを誰が採りに行くか、というもの。

アケビなんかは熟すと皮が縦に割れて、中に詰まった甘い果実が顔をだす。そうするとすぐに、虫や動物に食べられてしまうので、毎日注意深く観察して、皮が割れる寸前に枝かなにかで突いて落とすのだ。落ちてくるアケビは、上着を脱ぎ広げてキャッチしたり、自転車のヘルメットで受けたりと工夫をしたが、地面に落ちてぐしゃっと潰れることもしばしば。それでも美味しさに変わりはないので、あまり気にせず拾って食べた。

とても能動的で、驚くほど楽しく、野生的だったおやつ時間。今でもきっと季節がくれば、野に育っているのだろうけど、あの頃みたいな貪欲さや夢中さ、工夫して手にする喜びを感じることは、もう難しいんじゃないかな。

たまの帰省では、あの頃を思い出そうと草むらに手を突っ込んで、木の実や果物を採ってみる。味は変わらず美味しいけれど、やっぱりなにかが物足りない。

味の思い出その2 食品衛生法のもと世から消えた「レバ刺し」

子どもの頃、スーパーで一番好きだったのは精肉コーナー。赤身と脂身のコントラストが美しい牛肉やふんわり薄桃色の豚肉、軟骨までかじるのが好きだった骨付き鶏…調理される前の生肉を見るのが、好きでたまらなかった。どんな料理になるかな、生で食べたらどんな味かな、あらゆる肉を生のまま食べてみたい…と、いつも端から端まで食い入るように見つめていた。

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そしてあるとき、近所の焼肉屋にて「レバ刺し」に出会う。見るからに生感のある、ぬるっとにゅるっとした赤黒い肉片。生肉料理というとユッケくらいしか知らなかった私は大興奮…!

一般的なレバ刺しは、ごま油と塩をつけて食べることが多いけれど、その店ではニンニクたっぷりの甘辛いタレでいただく。たっぷりかかった茶色いタレの上には青ネギが散らしてあって、どろどろのビジュアルに彩を添えている。口に入れる瞬間はにゅるっとしているが、歯を入れるとプツッと小気味よく噛み切れる。焼いたときのようなポサッとした感じは全くなく、濃厚な甘味と旨みが口いっぱいに広がる。にゅるっとした食感もあいまって、口内と一体になっていく。飲み込むのが惜しいくらいの美味しさだ。

その店はほとんどのメニューがテイクアウトできるので、スーパーの帰りにレバ刺しだけをねだって買ってもらうこともあった。まだお酒が飲めない歳だったので、当然の如く白米をかき込んだ。米と相性抜群かというと微妙なところだが、とにかく白米大好きっ子でもあったので、問答無用でおかずとして食べていた。

子ども時代にこんな美味しいものを知ってよいものか。レバ刺しと出会って以来、今だに好きな食べ物ランキング1位の座を貫き続けている。

しかし、別れは唐突。平成24年、食品衛生法に基づき、牛レバーを生食用として販売・提供することが禁止された。近所の焼肉屋でも、取り扱いをやめた。当時17歳だった私は、将来ビールと一緒にこの店のレバ刺しを食べることを夢見ていたのに。叶わぬ夢となってしまった。

生レバーを扱う店は今でもいくつかあるようだけれど、あの焼肉屋のあのタレをかけたレバ刺しはもう二度と食べられない。まだ幼かった私に、あんなに美味しい食べ物を教えてくれた両親に感謝すると同時に、恨めしい気持ちにもなる。

最後の晩餐はなにがいいかと聞かれたら、迷わずレバ刺しと答える。

味の思い出その3 近所のおばちゃんが握ってくれた「塩おにぎり」

世は、おにぎりブームである。2010年代半ば頃からじわじわとブームは加速し、全国各地におにぎり専門店が誕生した。日本人のソウルフードともいえるおにぎりであるが、多種多様な具材を受け入れる懐の深さと好きな具材を自由に選べる楽しさがある。具材の掛け合わせによっては、栄養バランスを整えることもでき、派手な具材を使えば写真映えも楽しめる。

そんなおにぎりは、長きにわたり私の好きな食べ物ランキングの上位に君臨している。小学校時代、初めての英語の授業で「I like~」という表現を学んだ私は、英語の先生に向かって「I like rice ball !!」を連呼していた。

私をそれだけのおにぎり狂いに仕立て上げたのは、紛れもなく隣の家のおばちゃんだろう。両親でもなく祖父母でもなく、隣の家のおばちゃん。私とひとつ違いのお孫さんがいるお家だったので、よく遊びに行っていた。おばちゃんちには、玄関ではなくいつも勝手口から入った。扉を開けるとすぐに台所があり、おばちゃんはいつもそこにいて私を出迎えてくれた。孫娘がいないときでも気にせず訪ね、その度に「いらっしゃい、よう来たね」と笑ってくれた。

そして、「お腹すいちゅう?なんか食べるかよ」と決まって聞いてくれ、おせんべいやチョコレートなど、いろいろなお菓子を用意してくれていた。そんなある日、余ったご飯をおにぎりにしているのを見かけ、「それ食べたい!」と言ったのが出会いだった。

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おばちゃんの握るおにぎりは、シンプルに塩のみ。俵形に握って、味付け海苔で巻いてある。子どもの手のひらにちょうど収まるくらいの大きさで、米も海苔もしっとりしていて一体感があった。白地に青の模様が入ったお皿に、いつも2〜3個置いてくれて、おばちゃんとおしゃべりしながら食べた。

それからというもの、遊びに行くたびに「おばちゃんのおにぎりが食べたい」と私がねだるので(おにぎり目当てに行っていたといっても過言ではない)、お菓子とおにぎりをダブルで与えてくれるようになり、用意して待ってくれている日もあった。

小学生の頃から中学校を卒業するまで、おばちゃんには本当にお世話になった。高校入学と同時に実家を離れたので、おばちゃんに会うことも減っていった。そして数年前、亡くなったと知った。

15の春が最後になった。本当にもう二度と食べることができないものになった。

なんの具材も入っていない、なんてことないただのおにぎりだったけれど、子ども心にこれまで食べたどのおにぎりよりも美味しいと思った。そして大人になった今でも、おばちゃんのおにぎりが人生で最も美味しいおにぎりとして記憶に刻まれている。

勝手口をあけると笑って迎えてくれたあの姿、いろいろなことをおしゃべりしたあの時間、すべて含めて幸せな味の思い出。

幸せな味の思い出をたくさん作っていく

もう食べられないものって尊くて、取って代わられることのない絶対的存在だ。あの頃の気持ちや風景、味を思い返して、この先もずっと「幸せな味の思い出」として持っておくことができる。一生ものの幸せな味として、あり続けてくれる。特別なものじゃなくていいし、これからの人生でもたくさん作っていける。自分を幸せにできるものは、いくらあっても困らないし。

味の思い出・思い出の味って、きっと誰しもにあるはずだから、思い返して少しでも幸せな気持ちになってくれたらいいな。そして、こうして誰かと思い出をシェアすることで、さらに幸せが増していったら嬉しいな。

くにさわめい

清流・四万十川のある高知県生まれ。 前職は旅行メディアの編集・ライター。現在はマンガ編集者として働きながら、複業ライターとしても日々奮闘中。好きなジャンルは、フードエッセイと街歩き記事。とにかく外へ出て、おいしいものやきれいな風景、その場所の匂いや音に触れるのが好き。