めくるめくバレエ少女まんがの世界
昭和の少女まんが沼にずぶずぶとハマっているわたしが、少女まんが好きになったきっかけの作品を紹介するこの連載。第二回はバレエものを取り上げたい。
バレエは少女まんがにおいて、たびたび描かれてきたテーマだ。
バレエまんがの何がそれほど少女を惹きつけるのか?
わたしはバレエ少女まんがのどんな所に魅力を感じているのか。
幼少期から繰り返し読んできた作品をメインに、バレエ少女まんがの世界をご紹介する。
わたしが夢中になったバレエまんが
幼少期、実家の本棚に置かれていたバレエまんが、山岸凉子さんの『アラベスク』と有吉京子さんの『SWAN』に夢中になって読み耽った。
母が子どもの頃読んで好きだったという作品で、1970年代のもの。両作品とも、確かな知識に基づいた描写に作者のバレエ愛が窺える、本格バレエまんがである。
本物のバレエを観たことのなかったわたしは、きれいなパ(ステップ)やジュテ(ジャンプ)の絵から動きの流れを想像してうっとりしていた。
山岸凉子さんの『アラベスク』
舞台はソ連時代、田舎のバレエ教室で踊っていた落ちこぼれのノンナが、才能を見出されて都会のバレエ学校に引き抜かれ、スターダムを駆け上るというシンデレラストーリー。
高すぎる身長がコンプレックスで自分に自信が持てないノンナは、周囲の期待やむき出しのライバル心に困惑しつつ、皆のあこがれのスター・ミロノフ先生の指導の下、懸命にレッスンに励む。
いつもおどおどしている彼女の姿にイライラすることも少なくないが、繊細に揺れ動く心理は実に人間らしい。
アラベスクとは“アラビア風の”を意味するフランス語で、片脚で立ってもう一方の脚を後方にまっすぐ伸ばすポーズを指すバレエ用語。
そして作中でノンナとミロノフ先生が踊る、アリババと40人の盗賊を元にした創作バレエのタイトルでもある。アラビア風という名が示す通り、エキゾチックな衣装も見どころだ。
第一部はノンナがアラベスクをものにするまで、つまり技術的な成長がメインで描かれる。
対して第二部は、アラベスクから卒業し、精霊の踊り『ラ・シルフィード』を通して精神的に成熟していく様が描かれている。
いかに『ラ・シルフィード』を踊ればいいのか悩みに悩むノンナの姿は、ただ無心に踊るバレエの心を読者に訴えかけてくる。
バレエが主題ではあるが、バレエによって結びついた人々の激情にも圧倒される。
特に、先生でありパートナーでもあるミロノフ先生とノンナの愛が実るラストシーンは、感動必至だ。
有吉京子さんの『SWAN』
こちらは、日本のバレエがようやく世界で認められ始めた時代の日本が舞台となっている。前途有望な若者たちが、さらに日本のバレエ界を発展させんとする、みずみずしいパワーに溢れた作品だ。
田舎のバレエ学校に通っていた真澄が、なぜか出場することになった大規模なコンクールで才能を見出され、トップレベルの人たちに混じって特別レッスンを受けることに! という、こちらもシンデレラストーリー。
恋あり友情ありライバルありと、同年代の生徒たちが切磋琢磨する群像劇は、人間味があってとても面白い。
マーゴット・フォンティーンや森下洋子など実在のバレエダンサーが複数登場する点も、物語に現実感を与えている。
タイトル『SWAN』が暗示するように、この作品の軸になっているバレエは『白鳥の湖』とアヒルの子が白鳥へと変身する創作バレエ『みにくいアヒルの子』。
だが他にも沢山の作品が詳細な解説とともに登場し、まんがのドラマとバレエ作品のストーリーが絡み合いながら進んでいく。
コミックス全21巻という長編なのも理由だろうが、真澄の成長が長いスパンで捉えられているのも物語の深みを増している。
クラシックバレエからモダンバレエへの転向や、生涯のパートナーとの出会い、複雑な家庭事情など次々と押し寄せる波に、何度読んでも号泣してしまう。
そしてこの作品でも、自分のバレエを模索する主人公が伝えようとしているのは、『アラベスク』同様、バレエの心なのである。
バレエ×少女まんがの魅力
肉体の動きを完全に絵で表すのは困難だ。動きと動きの間にどうしても描けない瞬間が存在する。
そこは想像で補うことになるわけだが、もちろんバレエを二次元で完璧に再現しているからバレエまんがが魅力的なのではない。
むしろ、想像できる余地を残しつつ、まんがならではの表現でバレエを描いているからこそ、楽しく読めるのではないだろうか。
ため息の出る美しさ
バレエのポーズはどうしてあんなに美しく見えるのだろうか。
しなやかな動作の一瞬を留めた絵は、体をとても優美なものに見せる。
レオタード姿でも十分美しいのに、華麗な衣装をまとえばより一層輝く。
また、実際のバレエではどうしても聞こえる足音がないことや、肉感が薄れることは、バレエまんがにおいて有利に働き、画面の幻想性が際立つ。
バレエまんがでロマンティックな『白鳥の湖』などが多く描かれる所以だろう。
少女たちの熱く激しい情熱
バレエまんがにはスポ根の要素もある。
少女たちは役の獲得を目指して、熾烈な戦いを繰り広げる。
厳しい練習に耐え抜き、舞台に立てるのはほんの一握り。彼女たちの間には情念が渦巻き、よきライバルも、かけがえのない友情も生まれる。
しかもバレエで求められるのは技術だけではなく、高い芸術性も必要なので、ドラマはより複雑になり、わたしたちを強く惹きつけるのだ。
バレエについて学べる
専門用語がいろいろあるバレエだが、まんがではそれらの言葉を逐一解説してくれる。ときには一連の流れを細かく分けて図解してくれるので、大変分かりやすい。
地道な練習風景からは、基礎の大切さや美しい舞台の裏に隠された壮絶な努力も垣間見られる。
こうした知識は、実際のバレエを習ったり観賞したりするときにも役立つのではないだろうか。
バレエまんがは少女まんがの原点
昭和初期から戦後まで、バレエはお金持ちのお嬢さんが習うもので、多くの少女にとって近いところにある夢だった。
現実のバレエへの憧れは、そのまままんがのバレエへの陶酔へ転じる。
ここでは簡単にバレエ少女まんがの歴史を振り返ってみよう。
初期のバレエ少女まんが
戦後、ストーリーのある少女まんがが勃興した頃、バレエを習う女の子が主人公のまんがが山ほど描かれた。
真っ白なチュチュ(舞台衣装)に赤いトウシューズというお決まりの衣装で、儚げに舞うバレリーナたち。この頃のバレエ少女まんがには、きらきらした夢と憧れが詰め込まれている。
また、瞳に星を描き入れる技法や、ストーリーには関係のないファッションイラストなどの、現在少女まんがらしいとされている表現はこの時期のバレエまんがの中から登場した。バレエまんがは、少女まんがの原点なのだ。
70年代に新たなステージへ
その後一旦バレエまんがは古いという風潮になったが、躍動する肉体を的確に捉えた『アラベスク』の登場で、新たな局面へと突入する。
バレエの見た目が何より重要だった初期作品から、本格的なバレエまんがへと移行したのだ。
山岸さんの「手が上に上がっているか横に伸ばしているかだけで、個体の力の入り方が違うので、ポーズが全部変わってくる。(一部だけを変えたら)変なポーズになる」という言葉からも、いかに正確にバレエを描こうとしているかが分かる。
その後の動向
80年代以降から現代まで、バレエまんがは生み出され続けている。
さらに少女まんがに留まらず、青年誌や女性誌でもバレエが扱われるようになった。世代も性別も問わず、多くの読者を魅了するテーマとなったのだ。
ちなみに『SWAN』は続編が2022年まで連載されていたし、山岸凉子さんが2000年から2010年まで描いていたバレエまんが『舞姫 テレプシコーラ』は第11回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した。
バレエ少女まんがのススメ
一口にバレエまんがと言っても、作品ごとに特色があるので、あれこれ読み比べてお気に入りの作品を見つけていただけたら嬉しい。
バレエまんがは実際にバレエを観たことがなくても楽しめるので、気軽に足を踏み入れてみて。
図書の家の電子書籍
最後に。
初期のバレエ少女まんがが気になる! という方に朗報だ。
少女まんがの研究や関連書籍の企画などをしている図書の家が1950年代のバレエまんがの電子書籍を配信している。
取り上げられているのは当時の人気作家、わたなべまさこさん、水野英子さん、むれあきこさん、花村えい子さん、谷ゆき子さんの五人。
入手困難でなかなか実物を読むのは難しい作品ばかりラインナップされているので、この機にぜひ!