新たな“人間”像を与えてくれる場所。別府にある書肆ゲンシシャに行ってきた。

大分・別府のある本屋、書肆ゲンシシャに行ってきた。「本屋に行くために別府に飛んだ」と聞くと、大袈裟だと思うかもしれないが、一度ゲンシシャに行けばそれが冗談ではないとわかるはず。

ずっと行ってみたかった場所

撮影:荒井貴彦

別府駅からのびる青山通りというメインストリートを歩いて10分。少し古びたビルの一階に書肆ゲンシシャはある。ビル全体は白いペンキが塗られているのだが、ゲンシシャに入る通路だけレンガが敷かれている。

その日の天気は良かったが、ゲンシシャはビルの陰になっていて薄暗い。その薄暗さが緊張感と高揚感を高めた。

ゲンシシャの存在は、たしかInstagramで知った。最初に見た投稿がどんなものだったかまでは記憶にないのだが、雑多な投稿が並ぶ「発見」タブのなかで、明らかに異様な雰囲気を放っていたのを憶えている。

一瞬で惹きつけられて、すぐにフォロー。ほかの投稿も見て「絶対にいつか行こう」と決めた。

エログロ、珍奇なものを集めた“驚異の陳列室”

提供:書肆ゲンシシャ

ゲンシシャは“驚異の陳列室”を標榜しており、店内に一歩入ればその異様さが一発でわかる。大きな少女の人形、本棚いっぱいのマンガや本。怪談ものが多かったと思う。あとは、“何だかよくわからないが面白そうなもの”が多数。

1900年前半、世界恐慌や関東大震災によって人々の恐怖心と不安感がかきたてられ、昭和初期にはエロ・グロ・ナンセンスと呼ばれる性的に乱れた本や施設が日本に広まった。ゲンシシャは、その時代のエロ・グロ・ナンセンスを現代によみがえらせ、恐怖や不安のなかを生きのびる人々に活力を与えることを目的としているという(参考:書肆ゲンシシャ)。

選んだテーマにあわせて、店主が本をセレクト

ゲンシシャは店のシステムも面白い。前後半30分の合計1時間1,000円(2024年10月1日現在)が基本となり、最初に32あるテーマからふたつ選ぶ。選んだテーマに沿って店主が本をセレクトするというもの。

提供:書肆ゲンシシャ

どのテーマも強烈。迷った結果、僕は“差別”と“奇習”をチョイスした。店主が店の奥へ消え、しばらくすると10冊ほどの本を持ってきてくれた。黒人差別、身分差別、中国の纏足文化、チベットの鳥葬、世界各国の奇祭など…日本からは“生きている者と死者、あるいは死者同士が結婚すること”を指す冥婚に関する本などがあった。

これらの本を、ソファに座りながらじっくり読む。自分の暮らしている世界がいかに恵まれていて、自分の知っている世界がいかに狭かったかを思い知る。あとから入ってきた3人組は“死後写真”や“食人”を選んだらしく、「うわあ…」と言いながら写真集などを割としっかり鑑賞していた。

1時間があっという間に過ぎると、最後に店主は“とっておきのもの”を見せてくれた。閲覧注意かも。

撮影:荒井貴彦

これはなんと、人間の皮で装幀された聖書。17世紀末にスペインで作られたものらしい。恐ろしすぎる。

珍奇?異常?それも同じ人間の一部

ゲンシシャには世界のあらゆる“珍奇なるもの”が集められている。そのどれもが、自分の生きる世界とはまったく違うもののように思える。

しかし、この32のテーマはすべて人間から生まれたもの。差別も奇習も戦争も幻想も狂気も虐待も死も、僕と同じ生き物である人間の一部。だから、どのテーマを選んでも、どんなに“ありえない”と感じる内容も、自分自身がその“珍奇なるもの”として登場する世界線があったっておかしくないと思った。

エロ・グロ・ナンセンスといったテーマは、“悪趣味”という言葉で片付けられるものではなく、自分の凝り固まった“人間”像を壊し、新しい“人間”を見せてくれるものなのではないかと思う。

今回は1セット(1時間)しかいられなかったのだが、次は少なくとも2セット、1日中居座っても良いかもしれない(店主がOKするかは別)。

別府に行く目的といえば温泉?いや、“ゲンシシャに行くこと”が目的になるし、そのほかが“ついで”になったっておかしくはない。

荒井 貴彦

ビジネス分野を中心にライフスタイル系、医療系などの記事を執筆。主な執筆先は「日経クロストレンド」「LIMIA」「Let’s Enjoy東京」。ビジネス分野では記事の執筆だけでなく資金調達サポートも行う。